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この一年、この児童文学時評の欄を書きながらあらためて感じさせられたことは、子どもの本の世界も、大人の本の世界に負けないくらい、社会の動きに敏感な世界であるということだ。これは、子どもの本と言えども、その書き手である作者は大人であり、それを出版する人も大人であり、かつ読書である子どもも、好むと好まさるとにかかわらず、多かれ少なかれ社金の影響を受ける社会的な存在であることを思えば、当り前のことかもしれない。しかしその当たり前のことを再確認させられるほど、社会問題を反映した作品が今年は多かった。 今年の児童文学の傾向として最も目立ったことは、両親の離婚や別居、あるいは再婚を扱った作品が多かったことだ。『母さん、愛ってなに?』 (ヴォスコボイニコフ作、北畑静子訳、童心社)や『お引越し』(ひこ・田中作、福武書店)は両親の離婚や再婚のなかで揺れる少年少女の心理をテーマとして、それを真正面から見つめた作品。一方『テオの家出』 (P・へルトリング作、平野卿子訳、文研出版) や『話すことがたくさんあるの……』(ジョン=マーズデンン作、安藤紀子訳、講談社) や『おねいちゃん』(村中李衣作、理論社)などはテーマとしては家出少年の成長や病気と闘う少女たちの姿を描きながら、その背景呆にある両親の不和が主人公らの家出や病気の一困であることを感じさせる作品。また仕事の都合で両親が別居することになる『水平線がまぶしくて』(矢部美智代作、講談社)や、三人の子どもにそれぞれ別姓を名のらせている子連れ同士の男女の再婚家庭の話『ぼくたち五人家族』(ロティ・ぺトロビッツ作、岡本浜江訳、佑学社)は新しい家族のあり方をさぐる作品として注目したい。また離婚や別居の一つの要因ともなっている女性の自立という社会現象を反映して、少女の自立や新しい生き方をテーマにした作品も目立った。最も印象的で共感ができたのは、『ゼバスチアンからの電話』(イリーナ・コルシュノフ作、石原素子・吉原高志共訳 福武書店)だが、この他、『キルト』(スーザン・テリス作、堂浦恵津子訳)や、詩的で美しい姉弟愛を歌った『夜明けのうた』(ミンフォン・ホー作、飯島明子訳 佑学社)の中の目覚めた少女たちの生き方が頼もしい。さらに母の結嬉外の妊娠。出産に悩む極む少年を主人公にレた『 優しさ』(シンシア・ラインラント作、桐山まり訳、新樹社) は、片親家庭ヘ女性の新しい生き方と新しい家庭像と色々な側面に問題をなげかける作品。戦争児童文学はなにも今年に限ったことではないが、今年も例年どおり多くの作品が出された。その中で特に、東西ドイツの統一を前にして出版された、中学生たちがナチスの時代をひも解く『過去への扉をあけろ』 (ハンス=ユルゲン・ぺライ作、酒寄進一訳、佑学社)や、 第二次世界大戦下の英空軍の少年飛行兵たちの夢と恐怖と友情を描いた『ブラッカムの爆撃機』(ロバート・ウェストール作、金原瑞人訳、福武書店)がおもしろい。 ここ数年話題になっている「ちびくろサンボ」絶版の問題に取り組んで、非常に学術鍾的な資料性の高い『「ちびろサンボ」絶版を考える』(径書房編集部編、径書房)が編まれたが、ある公立図書館はこの本を開架に出せないそうだ。残念な話だ。この他、地球の温暖化やゴミ問題など地球環境への関心も高まりを見せ、様々な作品が出された。全体的に社会問題に焦点をあてたリアリスティックな作品が多く、ファン夕ジーでは目立った作品がないのが残念だ。また素人社から日本初訳の韓国の児童文学が出されたことは意味深い。 (南部英子)
読書人1990/12/24
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