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 今回は取り上げたい作品がたくさんあって困ってしまった。豊かさという底上げされた日本の物語をかなぐりすて、ゼロへ向かってつっぱしる四人の高校生を描く、いわしげ孝のマンガ「ジパング少年」(小学館、全一五巻)が完結。個人的に待望していた、いわむらかずおの「卜ガリ山のぼうけん」の三巻目「月夜のキノコ」 (理論社・一五○○円)と、第一次世界大戦中のイギリスを舞台にして、四人姉妹の青春をそれぞれの角度から描きわけた青春小説、 R・E・ハリスの「ヒルクレス卜の娘たち」の三巻目「海を渡るジュリア」(脇明子訳、岩波書店・二四○○円)が出版された。
親や友人との人間関係の中で自分の居場所をみつけていく高校生アンジ二フの心の軌跡を追ったM・マーヒ-の「贈りものは字宙の力タログ」 (青木由紀子訳、岩波書店・二一○○円)、「待つ」をキーワードに、現代人の心の隙間をみごとに揺き出した、江国図香織+宇野亜喜良のファンタジー絵本「あかるい箱」もよかった。
戦争がらみの作品も、季節がらか力の入ったものがめだった。M・D・バウア-の「ヒロシマから帰った兄」(久米穣訳、佑学社・一三五○円) は、戦勝国であるがためにいやでも従軍した親兄弟を英雄にしたてあげなければならないアメリカの矛盾をうまくついている。一九七五年、N県が日本から独立し、ソ連軍が進駐するという虚構のもとに、中学生でゲリラになった「私」の回想記という体裁をとる佐藤亜紀の「戦争の法」 (新潮社・一五○○円)も、パッケージは児童文学でないが、中学生の目が大義名分や正義のいかにご都合主義かを暴き出していてスリリングだ。
それから子ども文化に関わる評論としては獣学・入門!」(JICC出版局・一一○○円)が出色だった。ぼくは、べストセラーになった「ウルトラマン研究序説」(中経出版・一四○○円)や、「柳の下に…・・」としか思えない「ウルトラマン新研究」 (朝日ソノラマ・二一○○円)に不満だった。「ウルトラマン」を戦争と平和についてのお勉強の道具にしてしまった「新研究」はいうまでもなく、科学特捜隊をネ夕に組織運営、技術開発、情報戦略を論じた「研究序説」にも、なにかいかがわしさを感じていた。「怪獣学・入門!」のまえがき「『ウルトラマン研究序説』を焼き捨てろー」は、それをもののみごとに代弁してくれていた。いわく、「ウルトラマン」は、「科学(核)とか資本主義(公害)とか国家(戦争)というシステムに抑圧されるものの悲しみを『怪獣』に託した寓話ではないのか。その怪獣を、秩序維持のために殺そうとする組織の論理と、イデ隊員やモロボシ・ダンの心との相克を描いた物語だったのではないのか。そういう物語を、システムや組織を維持するためのものとして読み解いてしまった『ウル研 』は、『罪と罰』を読んでも『人殺しはいけない』という感想しか持てないような小市民的読解力の産物なのである」
そして「怪獣学・入門!」で明かされるのが、怪獣映画の中に大東亜共栄圏の残滓が見えかくれすることや、「ウルトラマン」が矛盾をかかえたた戦後民主主義の鏡であること。地球を守る異星人ウルトラマンの矛盾だらけの正義についての論考も刺激的だし、ウルトラ怪獣たちがモダン・アートの実験場だったというのも意外な発見だった。ウルトラQ以来のファンのひとりとして、こういうメ夕レべルでの読みなおしこそ、「ウルトラマン・シリーズ」を二重に楽しむ正しい遊び方じゃないかと思う。
それともうひとつ、「怪獣学・入門!」でも執筆している佐藤健志の「ゴジラとヤマ卜とぼくらの民主主義」(文芸春秋・一八○○円)がオススメ! 「風の谷のナウシカ」批判にはちよっと誤解があるようだけど、全体としては戦後日本の矛盾と甘えを痛烈に批判しようとする骨太な評論にしあがっている。 (酒寄進一)
読書人1992/08/17