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春になったせいか、動物を題材にした本が目を引いてしかたがない。それとも春休みに公開された映画「ベイブ」──狂言回しの三匹のネズミがなんとも滑稽だったし、農夫も適役であった──に刺激され、少しは動物たちを見習うべきだとみんなが思いはじめたせいで動物が話題にあがるだけだろうか?(余談だが、映画の原作はディック・キングスミス『子ブタ シープビッグ』という英国の傑作コメディである。)
というわけで、今月はこれはいけると思った動物ものを特集してみよう。ロバート・ニュートン・ペックの死なない日』(金原瑞人訳、白水社、一五〇〇円)は、あらゆる点でベイブとは対照的な本だろう。誠実な農夫が貧しさから息子のかわいがっていた豚を殺すに至る話といえば、読んでいてやりきれなくなりそうなものだが、逆にほろりと感動させられる。ペックの自伝的作品だけあって、できごとに迫真性があるうえ、厳しさを和らげるユーモアがうまく加味されているからだと思う。きつねの視点から日本史を語りなおそう、という壮大な意図をもつのが斉藤洋平の風』偕成社、一三〇〇円)。「白狐魔記」シリーズ一作目にあたる今回は、主人公のきつねが人間に関心をもち、仙人のもとで人間に変身する術をマスタ ーする話が主筋。源氏平家の栄枯盛衰が脇筋で語られる。『のんびりすいぞくかん』『ぼんやりどうぶつえん』(長新太さく、理論社、各九八〇円)は、どちらも魅力たっぷりのノンセンスの短編集。ちなみにわたしのお気に入りは、刑事ものパロディの「フグのはなし」と、バスケット・ボールをする「キリンのはなし」である。ペギー・ラスマン作『おやすみゴリラくん』(いとうひろし訳、徳間書店、一二〇〇円)は、動物園の係員と動物たちとの駆け引きが楽しく、子どもを寝かそうと手こずる親の姿がだぶってくる。そして動物アラカルトの取りは、中川ひろたか文、あべ弘士絵『バナナをかぶって』(クレヨンハウス、一二〇〇円)。テキストと絵のずれがミスマッチなおもしろさを生んでいる傑作なので種明かしは避けるが、「わたし」が大好きなバナナを帽子がわりに散歩したらと空想する話である。リズミカルな文章が楽しい。
さて今月もうひとつ目を引いたのは、マーガレット・マーヒーのヤングアダルト向き小説が岩波書店から三冊出たことだ。マーヒーといえばナンセンスやファンタジー作品に定評があるが、幽霊の登場する『クリスマスの魔術師』(山田順子訳、二四〇〇円)『危険な空間』(青木由紀子訳、一八〇〇円)の二作品より、ファンタジーの要素がないゆがめられた記憶』(清水真砂子訳、二三〇〇円)のほうが面白い。現在十九歳のジョニーは、子ども時代に姉とコンビでタップダンスをしていた経歴の持ち主。だが五年前の姉の転落死は自分の落ち度だと思いこみ、その罪悪感から酒におぼれて自暴自棄な日々をすごしていた。このジョニーがアルツハイマー性の記憶障害をおこしている一人暮らしのソフィーと出会ったことを契機とし、過去の呪縛から解き放たれていく物語。記憶が混乱したソフィーは、ジョニーの混乱のアナロジーでもある。そして徐々に崩壊してきたソフィーの暮らしを、ジョニーが正常に戻そうと努力することが、彼の混乱した過去の記憶の整理につながる仕組み。『不 思議の国のアリス』ではないけれど、いわば「狂ったお茶会」を開いていたぼろぼろのソフィーが、ジョニーが手をさしのべたおかげで「おれの自慢の人」へと変身する過程は読み手の心をなごませる。エピローグでマーヒーが少し饒舌になった気もする。でも肩肘はらずにソフィーと同居してみようとするジョニーの姿に、声援を送りたくなる!
読書人1996/04/19
           
         
         
         
         
         
         
     


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