98年回顧


           
         
         
         
         
         
         
         
     
 今年子どもからもっとも高い支持を得たタイトルは、『ポッケットモンスター』。日本玩具協会の、「98年おもちゃの売り上げトップ10」でも、1位「ゲームボーイ・ピカチュー」、6位「ポケットピカチュー」、7位「64ポケモンスタジアム」、8位「カードゲーム・拡張パック」、10位「スターターパック」と、5つもランクインしている。そして夏休みに公開された劇場用アニメ『ポケモン・ミューツーの逆襲』は、興収60億円を叩き出した。付け加えれば先月、『ポッケットモンスター』はアメリカでも発売され、かの国の携帯ゲームソフトのベストセールスを記録した。その魅力は多々あるが、一つ挙げれば、一人遊びで育てた(強くした)お気に入りのポケモンを、同じく友達が育てたお気に入りと、ケーブルを通して対戦させたり交換したりできること。つまり個とコミニュケーションが中心課題となっている点。それを踏まえた『ミューツー』は、希少モンスターであるミューのクローンとして造られたミューツーが、自らをロスト・アイデンティティにした人間に復讐しようとし、ミューを殺して、自身が本物になろうという物語を展開した。夏休みお子さま向け定番アニメ の域を越えたヒットの要因はそこにある。
 さて、98年児童文学回顧なのだが、今年も少し隔たった選書を行った。今触れた『ポッケットモンスター』と通底する、私を巡る物語たち。それは、「私はどう生きるのか、生きているのか、生きたいのか」のような従来の成長物語レベルの問い(そこにはすでに答えが組み込まれている)とは違う、自分の輪郭の不確かさ、世界との違和感といったものである。そこをどう克服するか/するべきかを描けば、違和感は益々広がってしまうから、とりあえずどう受け止めるかが当面の課題である物語たち。そうした仕草は、もちろん現代を反映している。一方、克服しようと試みた『地下脈系』でさえ、ラスト近く、主人公トリスは自分の家の養子になることをウィノーラに断られたとき、「これこそ二人の冒険のごく当然の結末-物語のちゃんとした終わり方だと思われたのに」と、「物語」(その場合『地下脈系』自身も含まれてしまうのは自明だろう)としての違和感を表明せざるを得ないのやね。このラインで、まだいくつか残したテキストもあるけれど、それは、99年に譲り、それ以外の物語を。
 疎開先の村で、二人だけで暮らすことになった姉妹。彼女たちに与えられた家にはかつて「狂人ヒルダ」と呼ばれる女性が住んでいた。妹のローズはヒルダの日記を発見する。『イングリッシュローズの庭で』(ミッシェル・マゴリアン 小山尚子訳 徳間書店)は『ジェーン・エア』を彷彿とさせ、いわば、「屋根裏の狂女」に発言権を与え、次ぎの世代の姉妹にメッセージを伝えるような仕組み。
 ある街の時計台の仕掛け人形。昔、祖父が作ったそれの修理を依頼された主人公は時計台の中でテレパシーネズミと遭遇する『時計ネズミの謎』(ピーター・ディッキンソン 木村桂子訳 評論社)は、本文と挿絵が分かち難くいい具合にからまって、ストーリーもお約束通りに進み、気持ち良い。本文と挿絵が溶け合った『ふしぎの時間割』(岡田淳 偕成社)も忘れることはできない。
 短編集『EE'症候群』(皿海達哉 小峰書店)では、教育実習に来た冴えない藤谷先生が、お別れ会で無理やり無様な隠し芸をやらされる。ある日藤谷先生の兄と名乗る男がクラスに現れ、弟がやった芸を来週までに習得しろと脅し、みんなは、一生懸命練習をするのだが、という「うずくまった鳥のジャンプ」が学校世界を別の角度から切り取っている。
 親友の墓を破壊した罪で逮捕されるハル『おれの墓で踊れ』(エイダン・チェンバーズ 浅羽莢子訳 徳間書店) 。それは親友の遺言に即してなのだが、ここでの「親友」は「恋人」に書き換えなければならない。同性愛をことさら前に出すでなく、恋愛とその破綻として描いた、当たり前の姿勢が、いい。
 そのほか『ママ ちいさくなーれ』(リン・ジョネル 小風さち・訳 徳間書店)、『ザンジバルの贈り物』(マイケル・モーバーゴ 寺岡たかし訳 BL出版)、『ヤンネ、ぼくの友だち』(ペーテル・ポール ただの・ただお訳 徳間書店)、『男女平等の本』(インゲル・ヨハンネ・アネルセン アウド・ランボー ノルゲ出版)などもおいしかった。
 それと、『カラフル』でいい仕事をしたブックデザイナー、池田進吾の名も記しておきたい。