毎日新聞
子どもの本新刊紹介2000.09

           
         
         
         
         
         
         
    


 まだまだ残暑厳しいが、でも日に日に秋の気配は色濃くなりつつある。秋といえば読書。というわけで、今回は読まなきゃ損!という六冊をご紹介したい。
 まずは橋本香折『五月の力』である。この作品はたぶん、Coccoの歌をくり返し聴きながら、そこに流れる「生きていく力」(これは本物の児童文学や絵本には欠かせない、生きていることの理不尽さと向き合う強い生命力と同質のものだ)を感じ取り、刺激され、書き上げられたものだろう。フツーの子のふりをし続けなければクラスから浮いてしまうほどに感受性の強い綿星さつきが、小六の一年間を通して、どうやって生きていく力を手に入れたのか? それこそが、この物語の主題であり、細やかに織りなされる筋であり、作品丸ごとの魅力である。登校拒否の担任教師が登場する現実感覚と、さつきの感受性が呼び出す幻想的なシーンとが交じり合うバランスが絶妙だ。そして、Coccoの歌「Raining」の取り込み方がとても美しく、Coccoファンの僕としては嬉しい限りである。
 さて、『五月―』でも自己認知のために祖母が大きな役割を果すのだが、次の『おじいちゃんの―』はそのタイトル通り、幼稚園たんぽぽ組で五歳の「ぼく」がお父さんにおじいちゃんの話を、おじいちゃんにおじいちゃんの話を、ひいひいおじいちゃんにひいひいひいおじいちゃんの話を…と、どんどん(おさるまで)祖先を遡って行く絵本である。力強いタッチで描かれたそれぞれの人物の存在感と、その時代のディテールを描きこんだ背景が見ている者を飽きさせず、また、「ひいひいひい…」がこれでもかというほど連続する文字のレイアウトが愉快だ。
 そうそう、レイアウトの妙といえば『あの子』もいい。誰かをのけ者にする原因の噂話というやつの影響力の強さや怖さ、巻き込まれる様子や混乱などを顔の絵と文字のレイアウトだけで表現し切っているのである。
 で、話は戻るのだけど、おさるの祖先といえば『サルの社会に学ぶ』は実に興味深いノン・フィクションだった。京都大学霊長類研究所所長を務められた河合雅雄氏の半生と、その研究から見えてくる「人間とは何か」という問いかけが、この本のテーマである。自然からはみ出すことでヒトというサルは悪と善を抱え込んでしまった、という指摘には深く考えさせられる。
 人も動物だから、考えてみれば食欲ひとつとってみても、実に理屈抜きの底知れなさを秘めたものだ。あまりにも天才的な料理の腕前であるがために味見をすると止められなくなってしまう悪い癖を持ったトンヌール氏をコミカルに描く『りょうりちょう―』と、まさおの飼ってるあおむしが異常な食欲で食べて食べて食べまくり果ては世界中を食べつくす『くいしんぼう―』は、どちらも楽しい絵本だけれど、その明るいナンセンスさの根底には食べることの真実を見据えた確かな視線が感じられる。(甲木善久)

<ブックリスト>
★『五月の力』橋本香折・作/長新太・絵/BL出版/1400円
★『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』長谷川義史・作/BL出版/1400円
★『サルの社会に学ぶ』高橋健・文/ポプラ社/1400円
★『あの子』ひぐちともこ作・絵/解放出版社/1500円
★『りょうりちょうがしごとをやめたわけ』みやざきひろかず作・絵/フレーベル/1200円
★『くいしんぼうのあおむしくん』槇ひろし・作/前川欣三・絵/福音館書店/800円