ほんとうはこんな本が読みたかった

神宮輝夫監修
神宮輝夫・上原里佳・横田順子・鈴木宏枝・神戸万知
原書房 \1800+税

   「はじめに」

 春が、すぐそこに感じられたある日。とある大学の研究室で、子どもの文学の作品を紹介する本をつくろうという集まりがありました。
 子ども読者向けに、あらすじを紹介するようなブックリストは、今までにも出版されているね。私たちなりの紹介の本をつくれたらいいね。考えるだけでわくわくしたのを覚えています。子どもの文学だけでなく、読書が好きな人すべてに楽しんでもらえる紹介の本。まずこの本を楽しんでくれて、それから、紹介した本に手が伸びていくような、そんな本をつくりたいと思いました。

 紹介したいのは、どんな本だろう?

 子どもの文学は、文学の大きな歴史の中では、まだ日が浅いものですが、それでも、十九世紀以前の作品は「古典」と呼ばれます。(中略)百年も前の話が、いまだに現代の読者を惹きつけているのは、まさに作品の力であり、古典が古典たるゆえんでしょう。そこで、古典としての力がすでに証明されている大御所には引いていただき、二十世紀の作品にしぼることにしました。
また、日本は翻訳大国です。明治時代より、たくさんの国の作品が紹介されてきました。ここでは、外国の作品に限り、翻訳の日本語がきちんとしている本、また、その気になればきちんと手に入る生きた本を選ぼうということになりました。(中略)
 集まった中から、ほんの数十を選びとるめやすになったのは、「おもしろい」でした。「おもしろい」という言葉の基準は、人それぞれ違いますが、「おもしろい」作品には、とにかく物語に引き込む力があり、読む喜びが味わえます。
 底抜けのナンセンスに、わっはっはと笑ってしまうおもしろさもありますし、謎解きがおもしろい本もあります。現代を生きのびる子どもの状況の描かれ方が興味深いものもありますし、しみじみとした味わいがおもしろい作品もある。おもしろいという言葉の振幅も、好みも、考え合わせた上で、私たちが「おもしろい」といえる物語を集めました。(中略)
 「おもしろさ」に照らし合わせたとき、自然に、イギリスやアメリカなどの欧米の作品が多くなってしまいました。やはり、長い伝統を持つ国々ですから、おのずとよい作品が生まれ、生き残ってきたのでしょう。今回、あまり紹介することのできなかった、アジアやアフリカの作品ですが、近い将来、そのルーツではなく、おもしろさによってたくさんの読者に手に取られる日がくると思います。ここで紹介した本の本棚は、これで完成ではありません。おもしろい物語が、さらに加わっていく未来を、私たちは楽しみにしています。
 それから、私たちは、子ども読者を絶対的な基準にせず、「子どもにおすすめ」という伝家の宝刀を使っていません。子どもが、文学作品をおもしろいと思うか思わないか。それは、おとなの読み手と同様に、読書経験や好み、本との出会い方など、いろんな要因によって決まってくると思います。

「子どもの」文学とは何なのでしょうか?

 子どもの文学は、水のようなものだと思います。作家の深い内面からこんこんと湧き出るいのちの水です。リアリズム、ファンタジー、ミステリー、SF、フェアリーテール。あらゆる形の器を満たすことができ、老若男女がおいしく飲めて、飽きるということがありません。私たちは、子どもの文学という豊かな水量をたたえる泉に遊び、その甘さを味わい、生きる力をもらいます。「子どもの」というのは、「子どもが読む」という以上に、水のように「根源的な」という意味あいになります。その泉に至るのは「子ども」という道。子どもをたどって到達する根源的な文学が、子どもの文学なのです。
 (たぶん、もう)子どもではない私たちは、そんな子どもの文学に惹かれています。子どもの文学は、子どもが読んでも、子どもでない人が読んでも、おもしろいのです。
 子どもの文学の可能性と懐の深さについて、私たちは、作品を選ぶこととその紹介という形で、ここにひとつの答えを示しました。紹介した本が、あなたの書棚のいい席に落ち着いてくれることを祈りつつ。
   

 採り上げられている作品一覧

『クマのプーさん』『風にのってきたメアリー・ポピンズ』『ムーミン』『トーマス・ケンプの幽霊』『ぞうのホートンたまごをかえす』『かしこいポリーとまぬけなオオカミ』『小さなスプーンおばさん』『リンゴの木の上のおばあさん』『大どろぼうホッツェンプロッツ』『マチルダはちいさな大天才』『クレージー・マギーの伝説』『穴』『星の王子さま』『しずくの首飾り』『シャーロットのおくりもの』『ジム・ボタンの機関車大旅行』『ホビッ卜』『影との戦い』『アドリア海の奇跡』『まほうのレンズ』『イタリアののぞきめがね』『ドリトル先生航海記』『妖精王の月』『ライオンと魔女』『クローディアの秘密』『めぐりめぐる月』『夏の丘、石のことば』『翼ひろげて』『灰色の畑と緑の畑』『アンモナイトの谷』『伝説の日々』『ヨーンじいちゃん』『彼の名はヤン』『弟の戦争』『ヤンネぼくの友だち』『マイ・ゴースト・アンクル』『たんほぽのお酒』『豚の死なない日』 『ウィーッイ・バット』『アルジャーノンに花束を』『がんばれへンリーくん』『リトル・カーのぼうけん』『かよう日のごちそうはひきがえる』『やかまし村の子どもたち』『インガルス一家の物語』『パパ あべこべぼく』『パーシーの魔法の運動ぐつ』『ヒッピー・ハッピー・ハット』『蠅の乳しぼり』『ふたつめのほんと』『台所のマリアさま』『四月の野球』『ゆびぬきの夏』『はじけのアナグマ』『赤毛のアン』