子どもの本を読む

中国新聞 1987.6.30

           
         
         
         
         
         
         
    
    
 怪談の季節にはまだ少し早いかもしれませんが、今月はちょっと怖い物語を読みました。

 亡父への強い思い

 「かかし 今−、やつらがやってくる」の作者ロバート・ウェストールは、日本ではこれまで「機関銃要塞(さい)の少年たち」が紹介されていますが、今回の作品はイギリスの代表的な児童文学賞カーネギー賞の一九八一年度の受賞作。
 物語は、母の元を離れ寄宿学校に学ぶサイモンが主人公。母親が絵かきのジョーと再婚し、サイモンはジョーの田舎の家で休暇を過ごすことになります。しかしサイモンは、軍人で“強い男”だった亡父への思いが強く、母を許すことができません。
ジョーとばかりか、母や妹とも心が通わなくなり、自分の殻に閉じこもっていくサイモン。
 そんな時、広いカブ畑の中に立つ三体のかかしが目につきます。そして、男ニ体、女一体のこのかかしは、この地方に伝わる恐ろしい伝説の登場人物と重なって、サイモンの心を支配し始めます。かかしたちは日々自分の方に向かってくるように見え、サイモンは本気で彼らと闘おうとします。

 お客は皆山の動物

 おそらくこの三体のかかしは、亡父、母、ジョーを暗示していて、サイモンの闘いは自らのエディプスコンプレックスとの格闘であると解釈できるでしょう。と言ってしまうとあっけないのですが、ミステリアスな展開、突き放したタッチはホラー小説風にも読めて、なかなかに怖い物語になっています。
 これに比べると、「べにばらホテルのお客」は、だいぶん柔らかなタッチの安房(直子)ファンタジー。新前の女性童話作家である主人公は、執筆のため叔父の山小屋にこもります。しかし一向に筆は進まず、気張らしに散歩に出た彼女は、山道で一人の若者に出会います。なんとこの若者は、彼女が今書きかけている物語の主人公だったのです。若者は彼女を、作品の舞台である「べにばらホテル」に案内します。
 ところがそのべにばらホテルでは、作者の彼女が予期しないことが次々に起こります。人間のホテルのはずが、お客は皆山の動物たち。おまけに一匹のキツネが若者のお嫁さん気取りでホテルを取り仕切っています。作者としてのプライドを傷つけられた彼女は、キツネに挑戦状をたたきつけ、お嫁さんコンクールが始まります。

 弱さやエゴイズム

 自分が作ったものが自分を裏切り、自分に歯向かってくる−考えてみると、これほど怖いことはありません。そこに込められた人間の弱さ、エゴイズムへの深い洞察。
「かかし」にせよこの作品にせよ、外にある何かではなく、自らの内にあるものこそが本当の怖さのもとだということを語っているように思います。
 「ふしぎなふしぎなカード」は、「願いごとなんでもかなえます」の立て札につられて、五十セント出して不思議なカードを手に入れた四人の物語。確かに願い事はかなえられたのですが…。
 「四年二組のとうめい人間」は登校拒否やいじめを扱っていますが、全く教訓めいたところがなく、長期欠席の子が学校のことをよく知っていて主人公を驚かせ、透明人間と感じさせるところに不思議なリアリティーがあります。
 「くらやみ こわいの だあれ」は、自分の怖さを飼い犬にことよせて訴える男の子の話。大人から見ればユーモラス。しかし、男の子の怖さに共感できる子供読者にこそ出合わせたい一冊です。

かかし 今−、やつらがやってくる(ロバート・ウェストール:作 金原瑞人:訳 福武書店)
べにばらホテルのお客(安房直子:作 峯梨花:絵 筑摩書房)
ふしぎなふしぎなカード(ビル・ブリトゥン:作 谷口由美子:訳 アンドルー・グラス:絵 文研出版)
四年二組のとうめい人間(舟崎克彦:作 南家こうじ:絵 ポプラ社)
くらやみ こわいの だあれ(クロスビイ・ボンソル:作・絵 渡辺南都子:訳 岩崎書店)
テキストファイル化大澤ふみ