子どもの本を読む

山形新聞 1989.7.25

           
         
         
         
         
         
         
    
    
 夏休みに夏休みの本というのもストレートにすぎる気もするが、児童文学には「休暇物語」という言葉があって、言わばこれは冒険小説の別名でもあるのだ。つまり、ふだん学校という場所に縛り付けられている子どもたちが、あるまとまった時間を得、”冒険”への旅立ちができるのは、長い休暇の時ぐらいということで。その主なものが夏休みであるこ
とは言うまでもない。
 さて、そういうわけで、まずは日本の4冊の夏休みの物語を読んだ。「ハッコのすいえい事件日記」(征矢清)「ぼくと兄ちゃんの大旅行」(岡田ゆたか)「おとうさんのおとしあな」(皿海達哉)「大きな窓のキャンパスで」(江藤初生)の四冊で、いずれも夏休み中の旅行が素材だが、行き先は前の三察がいずれも父親の故郷、「大きな窓のキャンパスで」が親類の山荘となっている。このあたり、ほぼ今の子どもたちの実際を反映しているようでもあるが、母方の実家に行く話がないのはどうしてだろうか。
 さて、「ハッコのすいえい事件日記」は、父の田舎の湖が舞台で、父親が子どものころやった遠泳大会をやりたいと言い出し、昔の同級生たちによび掛けて何とか実現させるまでを描く。”事件”というタイトルはやや苦しいが、親たちと子どもたちが対抗意識をもやしてそれぞれに実現に向かう様は共感を呼ぶだろう。
 「おとうさんのおとしあな」は、早苗の一家が父の故郷に車で出掛けるが、こちらは廃村になっていて、やや物悲しい旅でもある。父親が昔作ったはずの落とし穴は見つからないが、母と娘が二人で掘った落とし穴に、父親が見事にはまってしまう。旅の中でも家族の心の通い合いが印象に残る。
 「ぼくと兄ちゃんの大旅行」は、三年生の弟とやや頼りない五年生の兄ちゃんの、千葉から山形までの二人旅。作者の岡田さんは山形市出身だ。
 「大きな窓のキャンパスで」は、富士山が目の前に見える山荘で一夏を過ごした兄弟の不思議な体験を描く。
 さて、休暇物語は無論全部が夏休みの話というのではない。「猿島の七日間」(彦一彦)は、日本の児童文学には珍しい本格的な冒険小説である。東京に住む釣り好きの少年が、親には内証で、一人で海釣りをするために、横須賀(作中では北須賀)沖の猿島に渡る。ところが早起きがたたって釣りの途中で寝入ってしまい、一往復だけの船の帰りの便に乗
り遅れてしまう。船は、次の日曜日までこないのだ。こうして、かつて海軍の要さいとして使われていたこの無人島に取り残された少年の、言わばサバイバルゲームが始まる。
 この設定自体も含め、七日間の少年の生活は、作者自身の体験かと思わせるほどリアリティーがあり、ゾクゾクさせられる。ただ、少年の向こうに見える父親の姿は、やや理想に過ぎると思った。
 「ビンのなかの手紙」の作者コルドンは東ベルリン出身で、現在は西ベルリンに住む。物語は、東ベルリンの少年が川に流した瓶入りの手紙が西ベルリンの少女の手に渡り、二人の文通が始まる。さまざまな思惑からこの文通を喜ばない両親の目をくらまして、夏休みに何とか会おうとするニ人。こうした「休暇物語」もあるのだ。(藤田 のぼる
「本のリスト」
ハッコのすいえい事件日記(征矢清:作 平野剛:画 偕成社)
ぼくと兄ちゃんの大旅行(岡田ゆたか:作 渡辺有一:画 童心社)
おおきな窓のキャンパスで(江藤初生:作 中村景児:画 くもん出版)
猿島の七日間(彦一彦:作・画 福武書店)
ビンのなかの手紙(クラウス・コルドン:作 デトレフ・ケルステン:画 佑学社)
テキストファイル化戸川明代