子どもの本を読む

伊勢新聞 1989.11.27

           
         
         
         
         
         
         
    
 リブリオ出版の「作曲家の物語」は、子どもの本の伝記としては出色のシリーズと注目していたが、第九巻の「ヴェルディ−太陽のアリア」(ひのまどか)は、既刊のバッハ、ベートーベン、ブラームスといった作曲家に比べ予備知識が少ないだけに、一層興味深く読めた。
 ベルディは「椿姫」「アイーダ」「オテロ」などのオペラ作曲家として名高いが、彼の活躍した時代は、故国イタリア統一の気運が高まり、彼のオペラは愛国オペラとして人々を熱狂させたこと、そればかりか統一イタリア初の国会選挙では同国の勧めで立候補し、最高点で当選したことなどは、意想外のことだった。全くの余談だが、われわれの分野でも、ベルディよりほぼ一世代早いグリム兄弟の兄ヤーコプが、統一ドイツ初の国民議会の議員だったことが思い出された。
 さて、この本の素晴らしさは、何よりもまずオペラそのものがページの間から見えて、聴こえてくることだ。オペラがどのように作られ、そこに作者のどんな思いが込められたのかが、分かりやすく、かつ熱っぽく説かれる。そして前述したように、一人の音楽家の肖像が当時の時代状況と深く結びついた形で表れ、読者は一人の人間に触れ、時代に触れ、音楽に触れるという至福を味わうことができる。
 「胡桃(くるみ)のギター」は、小学校の国語教科書にも採用された「ギターナ・ロマンティカ」などの作者武川みづえの久々の会心作といえる。タイトルハ”ギター”だが、バイオリン作りを目指す若者を主人公に、連作風に四つの音楽物語が並ぶ。
 まだ見習いの若者だが、楽器店のショーケースの小さなバイオリンを熱心に見入る少年の願いにこたえて、リスでも弾ける小さな小さなギターを作ってあげることを約束する。いろいろと考えた末、胡桃の殻を共鳴胴に使うことを思いつくのだが、この胡桃のギターを作っていくプロセスが、実に丁寧でリアリティーに満ちている。四つの話のどれも、こうした細部の描写にすきがなく、作品の幻想的な雰囲気を盛り上げている。
 「アバドのたのしい音楽会」は、先ごろベルリン・フィルの常任指揮者に決定し、話題となったクラウディオ・アバドによる、いわばオーケストラの入門書である。バイオリニストだった父親の思い出や、自身の音楽家としての生い立ちから始め、次第にさまざまな器楽の形態の説明に入っていく展開はなかなかに巧みで、抵抗を感じさせない。子ども時代の音楽との出合いを大切に膨らませてきたアバドの歩みは、”おけいこ事”としてのピアノやバイオリンに苦しめられている今の日本の子どもたちの状況を逆に照射するようでもある。
 「うごくかがく−なる」は、音が人間の耳に伝わるメカニズムをさまざまな角度から解き明かした科学絵本。風の音、虫の羽音、草笛の音などから始まって、さまざまな形態の楽器の仕組みに言及している。自然界の音の仕組みに目を凝らし、学んできた人間の知恵の素晴らしさに思い至る。
 なお、この分野では、前にその一、二冊を紹介したことがあるが、岩崎書店の「音楽のえほん」シリーズが楽しく読ませる。<音楽ものがたり><音楽のたび><楽器のかがく>の三つを合わせ二十冊。図書館、音楽教室にも置きたい。(藤田のぼる

★本のリスト
ヴェルディ−太陽のアリア(ひのまどか:作 リブリオ出版)
胡桃のギター(武川みづえ:作)
アバドのたのしい音楽会(クラウディオ・アバド:作)
うごくかがく−なる
音楽のえほんシリーズ(岩崎書店)

テキストファイル化岩本 みづ穂