子どもの本を読む


1990.12.23

           
         
         
         
         
         
         
    
 今月は,期せずして,二冊の写真絵本と出合った。どちらも動物を被写体としているのだが,写真絵本としての手法はまるで対照的だ。
 「二ひきのこぐま」は,帯に「今,よみがえる写真絵本の原点」とあるように,ユーゴスラビア出身の動物写真家イーラの,一九五四年に出版された本の邦訳。無論写真はモノクロで,一時代前の動物映画という趣だ。
 これは恐らく,余程の枚数の写真から,場面場面に合ったものを選び出して並べていったのだろうが,全体が実に自然なストーリーになっていて,二匹の子グマが,母親から離れて,あちこち冒険して歩いているうちに迷子になってしまい,やっと母グマと再会するまでが,見事に構成されている。
 そういう意味では,全体として,"作為"ととれなくもないが,一枚一枚の写真は,そうした思惑を突き破る素晴らしさだ。カメラを持つ人間が,余程被写体である動物と一体にならなければ描けない世界だろう。動物と人間が共生する至福の世界が展開されているとも言えよう。
 「冬のけもの道」は,現代日本の代表的な動物写真家宮崎学の作品である。あとがきによれば,この本の写真は長野県中央アルプスの山腹のけもの道に置かれた無人カメラで撮られた。動物がくると,センサーが働いてシャッターが押される仕組みだ。
 ウサギ,ネズミ,テンなどの小動物の外に,ニホンザル,カモシカなども姿を見せる。ほとんどが夜であり,一枚一枚の写真は荘厳なまでに美しい。イーラの写真のクマに比べて,これらの動物たちは野生そのもののはずだが,そうした生々しさはさほど感じられず,何かしらわれわれに共通する心象風景を見せられている気がする。カメラという器具は,やはりどこか人間の目に似てしまうものだろうか。
 「描かれた動物たち」も,一種の写真絵本と言えなくもないが,こちらの被写体は動物そのものではなく,動物を描いたさまざまな絵である。岩壁画のカモシカ,エジプトの墓の壁に描かれた狩りの絵,ルーベンス,レンブラント,ロートレックといった画家たちの絵と並んで,中世フランスのタペストリー,江戸時代の日本の刺しゅう絵なども紹介されている。それらに描かれた動物たちは実にさまざまな姿態を見せていて,どの時代の人間にとっても,動物たちがどんなに発見に満ちた対象だったかがよく分かる。
 「バッファローのむすめ」は,アメリカインディアンに伝わる話をもとにした絵本である。バッファローの娘と結ばれる人間の若者の物語で,この若者の激しさ,強さは日本神話のスサノオを思い出させる。インディアン美術の手法を取り入れているのだろうか,独特の色調と遠近法を使った絵が素晴らしい。人間と動物とが自然の中で命を共に分けあっているこの世界は,実は極めて今日的なテーマを語っているようでもある。
 動物と人間との共生という点で,いま最も注目を浴びているのが鯨だろうか。「クジラのハンフリー」は,米国のサンフランシスコを舞台にしたノンフィクション絵本。群れから離れた鯨が,サンフランシスコ湾からサクラメント川を百キロもさかのぼってしまい,動けなくなってしまったのを,さまざまな工夫を凝らして海に返してやった話で,"ニュース絵本"と銘打っている。(藤田のぼる)


 本のリスト
 「二ひきのこぐま」(イーラ作,松岡享子訳,こぐま社,一五〇〇円)▽「冬のけもの道」(宮崎学作,理論社,一二〇〇円)▽「描かれた動物たち」(ウエンディ&ジャック・リチャードソン編,若桑みどり監訳、祐学社,二〇〇〇円)=以上,子どもから大人まで▽「バッファローのむすめ」(ポール・ゴーブル作,森下美根子訳,ほるぷ出版,一三〇〇円,小学中級以上向き)▽「クジラのハンフリー」(ウェンディ・トクダ,リチャード・ホール作,末吉暁子訳,ハナコ・ワキヤマ絵,国土社,一二〇〇円,小学初・中級向き)
テキストファイル化小澤すみえ