こどもの本

東京新聞1996.9.29

           
         
         
         
         
         
         
    
今回から子どもの本の書評を担当することになった。子どもの本はいま読まれない、売れない、いい作品が出にくいという「三重苦」の状態といえる。
新聞書評を見ていると、ともすれば「児童文学離れ」した作品が取り上げられているケースが多い。恐らくそれは、いかにも「児童文学児童文学した」作品群のワンパターンさに、評者がうんざりした結果だろうと思われるのだが、僕はあえて「児童文学児童文学した」作品の中から、少しでもいいものを選んでいきたい。主にとりあげるのは二〜三冊、アウトラインのみ紹介する本が五冊程度だが、こちらは絵本やノンフィクションなども含めて、幅広く紹介していく。

「ぼくらのサイテーの夏」 笹生陽子著
最初に取り上げるのは、新人による初めての出版である。タイトルからうかがえるように、二人の少年の夏休みの物語なのだが、いわゆる「休暇物語」(長い休暇の間の旅行や冒険など、非日常的な体験を描いた物語)ではない。終業式の日に「階段落ち」という危険な遊びをしていたのが見つかって、罰として四週間にわたってプール掃除を課せられた二人の六年生の話である。
 この設定は村田喜代子の「盟友」(「鍋の中」所収)を思い出させるが、今物語の中でも男の子同士の友情を成立させるのはかなり難しい。この作品の場合でも、彼らはクラスも違い、たまたま「階段落ち」の敵と味方として居合わせただけの相手である。従ってプール掃除の間もほとんど口をきかず、昼食も別々に食べる。この二人がどんなふうに距離を縮めていくのか、その心の動きにリアリティーがあり、この作者のセンスを感じさせる。
 それぞれの家族の抱える問題などがやや類型で、展開が理想的にすぎるきらいもなくはないが、二人の少年の個性の違いが見事に描きわけられていることが、それを救っている。

「ガールフレンド」 小林礼子著
次に紹介するのも、新人作家による作品である。六年生の少年ヒロセが主人公で、こちらは彼の前に隣のクラスの女の子が突然現れるという展開。ペーパークラフトのコンクールで入選しているヒロセの名前を、雑誌で見つけたその少女タカハシは、自分が児童会長に立候補する際の、ポスター代わりのペーパー人形を作ってくれと持ちかけてくるのだ。
ここから、二人のちょっとかわった「友情」が始まっていく。タカハシの積極性を評価し、自らも「個性派」を標榜(ひょうぼう)するヒロセの母親が、息子はけっこう俗っぽい価値観の持ち主と見えているあたりが、ほどよい距離感で描かれており、作品世界に奥行きを与えている。
それぞれ自分らしさを求める二組の友情物語をみてきたが、考えてみると、いまの子どもたちにとっては、本当に心を開くことのできる友だちをつくるプロセスこそが、最高の非日常的な冒険なのかもしれない。(藤田のぼる)

本のリスト
・ 「ぼくらのサイテーの夏」笹生陽子著(絵・やまだないと、講談社、1300円)
・ 「ガールフレンド」小林礼子著(絵・吉川聡子、NTT出版、1100円)
東京新聞1996.9.29
テキストファイル化山本祐子