子どもの本

藤田のぼる

           
         
         
         
         
         
         
    
 クリスマスや冬休みを前にしたこの時期、子どもたちに本がプレゼントされることの多い時期でもある。とはいえ、一般的にいえば本を贈られて喜ぶのは小学校低・中学年までか。だから、ということでもないが、今月は本の世界ではヤングアダルトなどと呼ばれる中学生・高校生向けの、読みごたえのある二冊を紹介したい。
 この年代は、自分がいったい何者なのかという問いに、もっともストレートに向き合わされる時期でもあり、すぐれたヤングアダルト文学は、そうした問いの姿勢への共感に満ちている。従ってこれらは、そうした問いをどこかにしまいこんでしまった、ヤングのつかないアダルトの年代になった人たちにもぜひ味わってほしい本でもある。

   『裏庭』  梨木香歩作  (理論社、1400円)
 作者の梨木香歩は『西の魔女は死んだ』で日本児童文学者協会新人賞など、いくつかの文学賞を受け、注目の人である。作品の舞台は今は住む人のない洋館の「裏庭」、近所の子どもたちにとっては格好の探検場所だが、主人公の照美はそうした行動からは卒業した年齢である。しかし、友だちの綾子の祖父から聞いた不思議な話が、再び照美をそこへ向かわせる。
 彼の少年時代、ここにはイギリス人の姉妹が住んでおり、彼女たちに導かれて屋敷の大鏡の向こう側にある、もう一つの「裏庭」を垣間見たというのだ。
 やがて照美はこの世界を彷徨(ほうこう)することになるのだが、その物語は実に実に本格ファンタジーらしい道具立て意味づけに満ちている。そうした魅力と共に、この作品の縦糸となっているのは、照美と母親、母親と祖母の、あまり幸福でない関係である。
 愛にせよ憎しみにせよ、恐らくもっと自己意識が投影される母と娘との関係という、物語の絡まる糸をほぐしながら、作者は自分を許すという困難な行為に向けて、しなやかな励ましのメッセージを送っている。

   『星条旗よ永遠なれ』 アヴィ作、唐沢則幸訳
                 (くもん出版、1442円)
 舞台はアメリカ中部の小さな町のハイスクール、物語の中心になるのは一年生のフィリップである。彼はスポーツマンで、成績も悪くないが、英語の授業で古くさい「名作」を読まされるのには、うんざりしている。そして、その英語のナーウィン先生がクラス担任になるに及んで、ささやかな抵抗として、朝の国歌の放送の時間にメロディーを口ずさむ。
 これが何回か続き、改悛(かいしゅん)の情を示さなかったため、フィリップは校則により二日間の停学になるのだが、これを聞き及んだ町の有力者は「国歌を歌った(愛国的な)少年が罰せられた」という形でマスコミにリーク、やがて全国紙で報道される事態となってしまうのである。
 ドキュメンタリーノベルの形式で書かれたこの作品は、「自分」というものの、今の時代における存立基盤のもろさ、複雑さをえぐり出しており、「真実」というもののうさんくささを日々感じている若い読者に、深い共感をもって受けとめられるだろう。
東京新聞 1996.12.22
テキストファイル化秋山ゆり