子どもの本

藤田のぼる

           
         
         
         
         
         
         
    
メルヘンとかファンタジーと呼ぶにはためらいを感じるような、日常のすぐ隣にあるのにふだんは見えていないものが、なにかの拍子にふっと姿を見せる、そんな瞬間を描いた作品がある。それは時にこわい話にもなり、またやさしい話にもなり、今回とりあげるのは、まさしくそういう意味では対照的な読後感の二作品である。ところが興味深いことには、どちらにも「老い」という問題が重ねられていて、子どもとはやや違ったしかたで現実と幻想の境界を行き来することのできる老境の人の自在さが(つまりはそれが、時には喜びを伴い、時に悲哀や怖さにつながるのだが)、作品世界に独特の奥行きを与えている。

  『トランプ占い』  松谷みよ子作
        (絵・司修、小峰書店、1325円)
 著者がこれまで『びわの学校』などの雑誌に発表した五編と、四編の書き下ろしの計九編からなる短編集。標題作は、老人施設に一人で住む女性の主人公が、この施設で友人となった川田夫妻の妻の方から、主人公が知っているトランプ占い師に、自分と夫の寿命を占ってくれと依頼されるところから話が始まる。そして心ならずも川田の寿命があと一、二年と知ってしまった彼女は、川田が自分にとってかけがえのない存在になっていることに気づき、寿命を知りたいといった川田の妻の隠れた意図を感じとる。
 短編とはいえ、なかなかに仕組まれたこの作品のストーリーを短いスペースで要約するのは難しいが、人と人との縁の不思議さ、切なさに迫った秀作である。戦時中の話を含めて、著者が長年にわたって収集してきた「現代の民話」に材をとったと思われる作品が大半で、全集も完結したこの作家の新境地ともいえる作品集である。作品によっては小学生高学年でも読みうるが、一冊としては中学生あたりからか。

  『ひなの市』  三谷亮子作
       (絵・菊池恭子、教育画劇、1133円)
 わかなの住む町には市の神様を祭った社があり、かつては市がにぎわいをみせたというが、今は桃の節句の晩におひな様たちが市をするという話が伝わっている。そして、この年の桃の節句の夜、わかなはお気に入りの三人官女のみぎこさんに導かれて、本当にひなの市を体験するのである。
 ひな人形たちが衣装や道具を求めたり、白酒を酌み交わしたりするこの市の描写がすばらしく、読む側も思わずひきこまれるが、みぎこはそこでかねてから思いを寄せていた笛吹きとの再開を果たす。そして、この二人を添わせたいと願ったわかなは、次の日、笛吹きの人形の持ち主を老人ホームに訪ねるのである。
 この作品も、おそらく実際の伝承をモチーフにしていると思われるが、墨色の絵と色あざやかな絵とが見事に組み合わせられている挿絵と共に、ひな人形たちのドラマと人間のドラマがたくみに重ねられた、味わい深い作品に仕上がっている。小学生三年から五年生あたりがふさわしいか。
東京新聞1997.02.23
テキストファイル化秋山ゆり