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いま児童書の世界で、読みものとしての本格的なおもしろさを味わわせてくれる作家といえば、「ずっこけ三人組」シリーズの那須正幹と並んで、次の二人の名前をあげることができる。学校生活など現代の少年少女の日常を起点にしたファンタジーを主に書いている岡田淳と、さまざまな手法で日本のエンターテイメント児童文学の枠を広げている斉藤洋である。 この二人は駄作がないという意味でも、まず無条件にお勧めできる書き手である。二人が最近、それぞれの意味で「満を持して」という感じの作品を出版したのは興味深い。岡田、斉藤のファンにとってはもちろん、とにかく「おもしろい」物語を読みたいという向きには、ぜひ読み比べてほしい。 『ドローセルマイアーの人形劇場』 斉藤 洋・作、森田 みちよ・絵(あかね書房、1200円) 高校で数学を教えるエルンストは、町で見かけた老人の荷物を持ってやったことから、彼の演じる人形劇を見ることになる。その老人、ドローセルマイアーの人形劇にすっかり魅せられたエルンストは、助手役を買ってで、ついには職を投げ出して弟子入りする決心をする。 そこから二人の旅が始まるのだが、人形を動かす練習をしている時、ドルーセルマイアーの動かし方や声色があまりに巧みで、エルンストはまるで人形と会話をしているような気持ちにおそわれることがしばしばだった。特にゼルペンティーナという女の子の人形の時に。そして、エルンストが初めての舞台に立つ日がやってくる。 後書きによれば、作品は作者のデビュー作『ルドルフとイッパイアッテナ』より前に着想されていた作品で、人間に訪れる機会というものの希少さ、すばらしさ、こわさが余すことなく描かれている。登場人物や作品世界への同化を巧みに誘いながら、ギリギリのところでそれを拒むという離れ技も、この作者ならではのものだろう。 『選ばなかった冒険―――光の石の伝説』 岡田 淳・作、作・絵(偕成社、1500円) 六年生の学は、授業中具合がわるくなり、保健係のあかりに伴われて保健室に向かう。学が前の晩遅くまでやっていたテレビゲームの話をしているうち、階段をいくら下りても保健室のある一階に着かないことに気づく。二人はいつのまにか、そのテレビゲーム「光の石の伝説」の世界に迷い込んだのだ。 このファンタジーにはさまざまなしかけが凝らされていて、ゲームの世界が学やあかりの見ている夢であり、ゲームの世界の学とあかりが見る夢が現実の彼らの世界であるという、双方向的な構造になっているのがその第一弾か。そして、二人はそれぞれの世界のリアリティという問題とともに、それぞれの世界の倫理という問題に向き合わされる。人間が役割で決定づけられ、暴力に支配されるゲームの世界も、一方では生きる目的のはっきりした、正義や友情といったことばが実体を持ち得る世界なのだ。 ゲームの<老人>が校長で、ヒカリコケのゾーン(安全地帯)が保健室といった設定も岡田らしいメタファーで、ゲームのおもしろさを味わいつつ、そのゲームの論理が相対化されていくという、不思議な体験を読者は味わうことになるだろう。東京新聞1997.05.25 テキストファイル化秋山ゆり |
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