子どもの本

東京新聞

           
         
         
         
         
         
         
    
アダルト化した絵本
 絵本が必ずしも小さな子どものためだけのもでないことは、今では常識といっていいだろう。実際、絵本をそろえた大型の書店や専門店での絵本の購買層の中心は若い女性たちだったりするらしい。
 こうした絵本のアダルト化ともいうべき現象に対して、肝心の子どもたちのための絵本の不振を指摘する声も少なくないが、書き手が絵本という表現形態の可能性をギリギリのところまで追求したいという思いはわかるような気がする。そして、子ども読者は大人が考える以上に、そうした表現を受け止めることができるのだと思う。今回は、そんな新しい絵本の可能性を感じさせる2冊を紹介したい。

『星の使者』ピーター=シス作・絵、原田勝訳(徳間書店、一六〇〇円)

ギリシャ神話をモチーフにしたレリーフが浮き出た黄色い壁の真ん中がアーチ型に空き、そこから見える夜の空に大きな月、そしてその下に望遠鏡で天空を見上げる一人の男、まずはこの表紙の構図と色づかいで魅せられる。この男は地動説を唱えたガリレオ・ガリレイで、この本は彼の生涯を描いた、いわば伝記なのだが、子ども読者にも親しめるように絵や図を多くして、というようなものでは断じてない。例えば最初のページでは地球を中心にした天球図の下に、天動説の論拠となる詩篇(しへん)が旧約聖書から書き文字で引用され、(活字の)文では人々が長く地球を宇宙の中心と考えられていたことが語られる。宗教画風でもありシュールな味わいもあるそれぞれの場面の絵はガリレオの時代や人々の心象を照らして余すところがないが、書き文字による説明と活字の文による「語り」の使い分けもほとんどの場面に見られ、独特の奥行きを与えている。
 宗教裁判にかけられ沈黙を余儀なくされたガリレオの生涯には、チェコ出身の作者の思いが重ねられているのかもしれない。とにかく心ひかれ、心打たれる絵本である。

『十万本の矢』唐亜明・作、于大武・絵(岩波書店、一六〇〇円)

こちらは「三国志絵本」ほ副題の通り、三国志のヒーロー諸葛孔明の活躍を描いたストーリー絵本。呉との同盟で儀に対抗しようとした孔明は、国王孫権に会うために呉にやってくる。かねてから孔明の声望をねたんでいた呉の軍師周瑜は、なんとかして孔明を亡きものにしようと、三日以内に十万本の矢を用意できなければ命をもらうと約束させる。この難題を孔明がいかに見事に切り返したかというのが物語だが、その活躍ぶりは歴史物語というより伝説的もしくは民話的な英雄像という印象である。作者の唐亜明は、一九五三年生まれで、八三年に来日、その日本語の文章は、この古典的な題材にふさわしい格調に満ちている。また画家の于大武は北京在住で、唐とのこんびですでにすぐれた絵本を何冊か出しているが、中国の古典的な画風と現代的なイラスト感覚とが見事に溶け合った流麗なタッチで、現代の絵巻物ともいえる独特の世界を作り出している。(東京新聞.1997.12.28)
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