子どもの本


           
         
         
         
         
         
         
    
 いま児童文学のノンフィクションで一番目立つテーマは自然保護だろう。このこと自体は子どもの本の「右へならえ」を象徴しているようで、あまりうれしくはないのだが、このテーマが重要だということはもちろん、今の子どもたちにとってかなり関心がもたれている問題であることは否定できないだろう。
 それだけに、このテーマの「取り上げ方」がかぎだと思う。やはり単に「問題」を投げ出すのではなく、なんらかの出口を見せてほしい。かといって、安易に解決の方向が示されたり、問題をわい小化
して「君たちにもこんなことができる」といった迫り方では子どもたちに見透かされてしまうだろう。問題の深刻さと同時に、そこに向き合う「態度」のようなものが見えてくること、つまりは子どもの本には「本物」が必要という原則が、こうしたテーマの本にこそ求められるのだと思う。

 『月の輪熊は山へ帰った!』(米田一彦・作、大日本図書、一三〇〇円)

 著者は、秋田で鳥獣保護行政に携わった後、熊(くま)の保護をテーマとする研究者となり、絶滅の恐れがある西中国地方の熊の観察のために、過疎の山村に移り住む。冒頭の分布図によれば、九州では完全に絶滅、四国もそれに近く、広島・島根・山口の三県にまたがる山地でも、種族保存ぎりぎりの三百頭程度が生息しているだけという。開発で熊のえさとなる実のなる木々が切られ、人家のすぐ近くにまでやってくることが珍しくなくなってきている。
 著者は、人間への被害、そして「駆除」という悪循環をいかに断ち切るか、試行錯誤を繰り返す。この本では、動物保護がスローガンとして主張されているのではなく、山間の
集落に実際に住んで、熊の被害を受ける人たちや役場の担当者、ハンターなどの人々の本音に迫りつつ、熊を生かし得る現実的な方策が模索されている。無論簡単な道ではないが、こんなふうに、動物に、そして人間たちに付き合っている人がいるのだという事実が、なによりも気持ちのよい説得力になっている。

 『ようこそ、トンボの国へ』(大西伝一郎・作、関口シュン・絵、佼成出版社、一三〇〇円)
 
 こちらは絵本で、小学校中学年ぐらいから、興味のある子なら低学年でも大丈夫だろう。舞台は四国・高知県の中村市である。ここには現在広大な「トンボ王国」(トンボ自然公園)があるが、これはトンボに魅せられた一人の少年の夢が現実となったものだった。少年時代トンボと遊んだ湿地が次々と埋め立てられ、トンボが姿を消していくことに心を痛めた杉村さんは、市役所勤めをやめ、アルバイトをしながら、周囲の無理解にもめげずトンボの生息地確保のために活動を続ける。そして、その熱意が周囲の人たちや行政をも動かし、自然公園の実現に至るのである。
 「保護すべき」といった建前から始まるのではなくて、そうするのが好きで楽しいというスタンスでの活動。こんなふうに生きることができる人がいるという事実は、多くの子どもたちに夢を与えずにはいられないだろう。(東京新聞1998.10.25)
藤田のぼる
テキストファイル化山本実千代