子どもの本

東京新聞

           
         
         
         
         
         
         
    


 『日本児童文学』(小峰書店)の7・8月号では、「夏休みの児童文学」という特集が組まれていて、ジュール・ヴェルヌの『二年間の休暇』(一般には『十五少年漂流記』のタイトルでおなじみだが)以来の、いわゆる「休暇物語」の系譜と現状について、さまざまな角度から論じられている。やはり夏休みには旅や冒険が似合う感じがあるが、果たして今の子どもたちに「冒険」がどのように可能かということになると、これは難問だ。
 ということで、現代の子どもたちの夏の冒険を描いた作品を二冊。一方はいわば「計画的な冒険」であり、一方は家出という突発的な冒険だが、いずれの場合も本人たちにそれほど差し迫った動機があるわけではない。つまり、彼らの冒険は自分にとっての「理由」を探し求める旅であり、それこそが現代の子どもたちにとって最も切実な動機なのかもしれない。

『河を歩いた夏』
山口理・作、小林豊・絵
(あすなろ書房、一四〇〇円)

 千葉県の我孫子に住む六年生の一平。利根川の近くに住んでいる、というロケーションがこの作品では大きなかぎだ。もう一つのキーは、大学で山岳部に入っている叔父の光太郎の存在。去年の夏、光太郎と一平は利根川の土手沿いに海までの百キロの道を、四日がかりで歩いた。あまりのハードさに、「もう二度とやらない」と思っていた一平だったが、一年前のことを思い出しているうちに、今度は川をさかのぼって水源まで歩いてみたいと、自分でも思いがけない決心をする。光太郎の意見で、同じクラスの正志や勇太も同行することになるが、内心では正志たちを嫌っている一平にとっては、それは気の重いことだった。
 この作品の魅力の第一は、なんといっても利根川をさかのぼる旅そのもののリアリティーで、作者が実際に歩いてみたのでは、と思えるほどだ。厳しい旅の中で、一平と正志たちがうちとけていくプロセスにはやや大人の視点を感じないでもないが、この冒険旅行の中身の濃さは読者を魅了せずにはいられないだろう。

『ぼくたちの家出』
浜野卓也・作、堀川真・絵
(偕成社、一〇〇〇円)

 五年生の健、定一、久美の三人組が主人公だが、彼らが一緒に家出をするわけではなく、三人が同時期に実行した家出のてん末をそれぞれに語るという、おもしろい構成になっている。担任の熊井先生が夏休み前に語った、子どものころの家出体験に刺激された健は、母親が自分の部屋のJリーググッズを勝手に片付けたことに腹を立て、家出を思い立つ。
 これを知らされた定一、久美も家出をすることになるが、その理由は健以上に薄弱である。しかし、三人が「家出先」で出会った人々やできごとはそれぞれに印象的で、例えば久美は、当てにしていた行き先の主が不在で駅で途方に暮れていたとき、営業中の若い演歌歌手に声をかけられる。久美は公演に同行することになるのだが、彼女の苦労話や公演先で出会う人たちの反応などにもリアリティーがあり、全体に軽いタッチながら、子どもも大人も含めた人間肯定の雰囲気にあふれた、味わい深いドラマに仕上がっている。
(ふじた・のぼる=児童文学評論家)
(東京新聞1999.07.25)
テキストファイル化日巻尚子