子どもの本

東京新聞

           
         
         
         
         
         
         
    
すぐ隣にあるメルヘン 藤田のぼる
町を歩いていると、向こうから傘をさしたネコがやってきて。人間の言葉であいさつするとか、公園で木によりかかると、その木がこっそりしゃべり出すなどというのは、「童話」を書き始めようとする人の多くが好んで書きたがるたぐいの話だが、そのほとんどはモノにならない。こうしたタイプの話は、やはり書き手の才能というか資質というのが決定的で、いわば「選ばれた人」だけが書けるのだと思う。その資質というのは想像力というよりは感応力というべきで、そうした人は自分がネコにもキツネにも、風にも木にもなれるのだ。これは人間としては結構アブナイことかもしれないが、そうした目から眺めれば。僕らのまわりはさまざまな不思議に満ちた世界であるだろう。そうした僕らのすぐ隣にある不思議に目を開かせてくれる作品は数少ないが、今回こうした「日常メルヘン」の代表的書き手といえる作家の新作がそろった。

『車のいろは空のいろ 星のタクシー』 (あまんきみこ・作、北田卓史・絵、ポプラ社、1000円)
おなじみのシリーズの久しぶりの三冊目。松井五郎さんが運転する空色のタクシーが、さまざまなお客と遭遇する。まずはこの短編集の季節感の見事さに気づかされる。冒頭の「ぼうしねこはほんとねこ」では、帽子をかぶったねこが案内役となり、女の子を乗せたタクシーが桃の香りの中の屋敷に導かれる。そこは飾られなかった雛(ひな)人形たちの家で、母親が病気の女の子は、そこで人形たちと雛祭りの時間を過ごすのだ。また「ほたるのゆめ」では、孫に見せようとかごに入れたほたるを持ってきたお客を乗せると、途中そのほたるが次々に増えていく。夜の川べりに下り立った松井さんにそのお客が語る。「私はほたるの夢の中に閉じ込められるところでした」というせりふはなかなか怖くもあるが、それもまた、わたしたちの隣にある不思議の大切な一面と言えるのだろう。メルヘンというジャンルの本質に触れる喜びを感じさせてくれる一冊だ。

『雨ふりマウス』 (竹下文子・作、植田真・絵、アリス館、1200円)
建売住宅に引っ越してきたミキトの一家。学校から帰ってくると、居間には薄緑の服を着た女の人が座っていて、お茶を飲んでいる。ところが母親に聞いても、だれも来ていないと言う。その夜、今度は自分の部屋のベッドの上で、三匹のネズミがかけまわっている。何度目かの出会いで、女の人は、自分は柳の木の精で、この家の下に、その柳の根っこが残っていて、自分はここから動けないのだと言う。ネズミたちもまた、彼女の同類だった。
こうした設定自体は目新しいものではないが、ヤナギ・ミドリと名乗る木の精や、雨降りに現れるネズミたちのキャラクターがおもしろい。木を切られたことを恨むふうでもなく、自分たちがみえてしまうミキトをむしろ気の毒がるような、おもしろがっているようなミドリとネズミたち。不思議に気づく者は少数派であっても、なんら特異なことではなく。それをどう自分の中にとりこんでいけるかが大切というメッセージが、さりげなく伝わってくるようだ。東京新聞6 / 18 / 2000
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