『児童文学の中の子ども』(神宮輝夫 NHKブックス 1974)

戦後の児童像

 社会主義思想の洗礼と第二次世界大戦は、戦後児童文学の児童像を当然大きく変えた。一口にいえば、子どもは実社会との深いつながりをもってとらえられ表現されるようになったのである。
 もちろん、現実と子どもとのかかわり方は、それぞれの国の状態に応じてちがっている。たとえば、戦争中、最初にナチス・ドイツ軍に国土を蹂躙され、解放軍の到着まで占領されつづけていたオランダで、1954年にルッヘルス・ファンデル・ルフが発表した『なだれ』など、オランダでなければ生まれない特色をもっている。これは、スイスの小村をおそったなだれに巻きこまれた人びとの不安、恐怖、協力の姿などをえがいているが、雪の中にとじこめられた子どもが、空襲中の防空壕の恐怖をまざまざと思いだすところに象徴的に表現されるように、危機の中の人間群像をえがくことを通じて、戦争の深い傷痕をあきらかにし、国際的な理解と平和維持への方法を模索した作品であった。ナチスに占領され戦火を浴びた国からしか生まれないテーマでありテーマの扱い方である。では、数多くの作品が翻訳され、話題になり、影響力も無視できないイギリスとアメリカの戦後と、日本の戦後30年はどうだったか。

『砂』の重み―イギリスの場合
 戦後のイギリスで最初に注目を浴びたのは、職業小説といわれる分野の作品である。これは何も第二次大戦後はじめて生まれたものではなく、1930年代にノエル・ストレットフィールドが『バレー・シューズ』(1936)や『サーカスがやってくる』(1938)などで先鞭をつけていたし、アメリカでもさかんであったが、戦後ひとしきり大いに書かれた。この分野での少年向きの代表的作家はリチャード・アームストロング、少女向きのそれはエルフリダ・ヴィポンであろう。
 リチャード・アームストロングは、タインサイドの鉄工場にはたらく少年を主人公に『鉄工場のサボタージュ』(1946)を、商船に乗りこんだ見習い航海士の少年を主人公に『海に育つ』(1948)を発表し、終戦直後のイギリスで高く評価された。エルフリダ・ヴィポンは『朝のひばり』(1948)『とびたつひばり』(1950)の連作で、風変わりな一少女が声楽の才を見出されてのびていくさまをえがいて、これまた高い評価を受けた。
 職業小説は、30年代に生まれていることでもわかるように、その根底にははたらく子どもへの関心があり、労働に対する敬意がある。その意味では子どもを認識する上での大きな進歩のあかしといえる。それが戦後急速な発達を見せたのは、労働党内閣の成立にも見られるように、はたらく者の力が大きくのびた社会状勢を基礎に、児童文学が中産階級以上の子どもの文学ではなくなり、全階級的なものにひろがりつつあったことを示していた。だが、ややくわしく主人公たちをながめると、中産階級性からの脱皮はまだひじょうに表面的であることがわかる。商船に乗りこんだキャメル少年は平水夫ではなく、やがて1等航海士や船長にもなれる有資格者である。彼がいくつかのしくじりと勇敢な冒険の中で人間として鍛えられ有能な職業人に変わっていく姿からは、無限の可能性と明るい未来が読みとれる。その点は、『朝のひばり』『とびたつひばり』の少女キットもおなじで、彼女は知識階級出身であり、試行錯誤の末につかむ一流声楽家の地位は、まさに一種のエリートコースにほかならない。だから、この時期の職業小説は、職業、才能と子どもという新しい素材を使って、旧来の児童文学から脱皮しようと試みながら、じっさいは、努力と才能さえあれば無限の未来がひらけていた19世紀以来の、中産階級以上の子弟たちの人生観、生き方を踏襲した文学にほかならなかったといえる。
 1958年1月の児童文学書評誌「ジュニア=ブックシェルフ」でジェイムズ・ガスリーは「リアリズムは、逆説的に、しばしば逃避の文学と見なされる魔法とファンタジーの物語―ホビットやメアリー・ポピンズの中に見つけられるのかもしれない。たしかに、子どもが本能的に感知して高く評価する特質=高度な真剣味があるのはこの分野である。ひじょうに多くの今日の児童小説を小ぶりでつまらないものにしているのは、この真剣味の欠除であり、生活の複雑さ、世界中の人の幸福追究、形だけととのった暮し方の底にある深刻な不安などをみとめることの不足が原因である。」
 と、50年代のリアリスティックな作品を批判している。
 こうした批判が出るということは、すなわち別種の文学への要求がすでにかなり声高なものになっていた証拠でもあった。
 ジェイムズ・ガスリーの批判をまぬがれる作品を、この時期に発表したのは、『セイ川のミノー号』(1955)と『まぼろしの小犬』(1961)のフィリパ・ピアスであったろう。この二作を素材や階級意識の観点だけからとり上げるのは、必ずしも妥当ではない。父親がバス運転手で、主人公であるその息子が、新聞配達をしている働く一家の生き生きとした明るい暮しと、頭がおかしくなった祖父と、中年に達した嫁と孫息子3人しかいない旧豪家の貧しさの対比がみごとにえがかれた前者、そして、町で犬が飼えないため一種の夢遊病的な空想癖を身につけてしまう子どもを扱った後者を読むと、類型を脱した、変化への鋭敏な反応と、変化の中でゆれうごく子どもの内面の洞察を感じとることができる。
 ピアスは、子どもの内面の把握の鋭さによって時代をあやまたずに表現したが、もっと外面的・意識的に変化する時代をとらえようとする作家もあらわれた。エリザベス・スタクレーは、近所の子どもたちに自宅を解放し、彼らとのつきあいを素材にして、せまくるしいアパートのへやに7人が住む労働者一家の日常を『マグノリア・ビルディング』(1961)にまとめた。勉強熱心で家のせまさに苦しむ次女、おしゃれがしたいと思っている長女、餓鬼大将で年長のボスにおびえる長男などの日常がリアリティを感じさせるが、『ふくろ小路一番地』の型からぬけ出しえなかったことと、子どもの欲求の把握にもう一歩の深まりがなかった点が、この意欲的な作品を傑作の群れに押し上げなかった欠点であったろう。しかし、戦後の労働者階級の暮しの実態が事実にもとづいて作品化された意味を見のがすことはできない。現実の子どもの生活は、物語の世界と大きなへだたりがあることを明瞭に指摘しているからである。
 子どもは、単に金銭や生活空間の不足だけに苦しむのではない。経済問題、親子関係その他がさまざまな子どもを生みだしていく。物語づくりの名手で50年代はじめから「マーロウ一家のシリーズを書きつづけていたアントニア・フォレストは、1963年に『木曜日の誘拐事件』で、甘やかされるだけで精神的には放置されて成長した女の子が、年齢にふさわしくない化粧にうき身をやつし、欲望や思いつきのままに万引きや無責任な行為をするさまをえがいてみせた。下層の子どもの貧困の苦しみにつづく、いわゆる問題児の登場であった。スタクレーやフォレストは、イギリスの児童文学が無視しては通れない子どもの問題を大胆に巧みに作品化したといえる。ただ、彼らは、中産階級的児童文学作品がえがいた子どもの深い内面を把握することに失敗し、だれもが知っている現象の作品化にとどまり、個から普遍へのひろがりをもちえなかった。しかし、すくなくとも、イギリス児童文学の大きなかせであった中産階級意識は、60年代初頭あたりでこわれたことはたしかである。
 中産階級意識からの脱皮を果たすだけでなく、そして、現実の子どもに近づいたばかりでなく、子どもと現在の関係を通じて、これからの人間の生き方を模索するもっとも実験的なリアリズムを切りひらいたのは、ウィリアム・メインとジョン・ロウ・タウンゼンドであると思う。ウィリアム・メインは処女作『足跡を追って』(1953)で作家としてスタートを切り、4年後の『草の綱』(1957)でカーネギー賞を受賞するほど早くから才能を発揮した作家であったが、文学史上重要な仕事は1964年の『砂』、65年の『燃えるはしけ』あたりからはじまっている。『砂』は、訳出されているが、主人公たちは大学進学につながる中学への試験に落ちた一種の落第者たちである。彼らは、親きょうだいからも、町の人びとからも軽視され、胸のうちにたまった不満を海岸の砂に埋まったトロッコ線路掘りにぶつける。捨てられた線路を復旧してもなんの益もないが、彼らはそのむだな努力をくりかえす。『燃えるはしけ』も、ほぼおなじような状態の主人公たちが登場する。字を裏返しにしか書けない中学生、おじの家で窮屈な思いをしながら暮している中学生などが、学校や家庭への不満から、古いはしけを修繕して北海を渡り新天地を求めようと考える。現代にあっては荒唐無稽でナンセンスな企てであり、出来の悪い子どもたちにそれを実行できる能力もない。予想どおり計画は失敗し、はしけは失火で焼失してしまう。
 メインはこの2作で、経済的な原因や能力的な原因で、下積みになっている子どもたちを登場させた。そして、そのえがき方で、彼独自の、そしてイギリス児童文学史上ひじょうに新しい方法を確立している。メインは、環境と性格の相関関係が必然的に生みだす子どもの行動と心理を、いわば内面から組み立てていく。だから、彼には、中産階級の子どもをえがくとか、労働者・農民階級の子どもを扱うとかいった対比の意識がない。これは彼以前にあってはごくまれなことであり、彼以後にも例はすくない。彼の作品を高く買っているタウンゼンドにすら、対比の意識ははっきりと存在している。
 物語のおわりで、『砂』の子どもたちは、巨大な骨を掘り出し、一躍有名になって町の人びとの鼻をあかす。『燃えるはしけ』のはしけは燃えてしまうが、どうしても仲間入りできなかった一人の少年とボスとの間に心の交流が生まれて話はおわる。物語は一応の結末を迎えるのだが、主人公たちのおかれた状況に決定的な変化はないし、その未来はすこしも明るくない。『宝島』にあり、アーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』にあり、アームストロングの『海に育つ』にすらあった、主人公たちの未来についての約束ごと、つまり、努力する子どもに明るい未来の展望があるとする考えは、完全に消滅してしまっている。しかし、これらを一種の絶望の文学とか、退廃味のある思想にうらうちされているとか考えることはできない。『砂』のこどもたちも、『燃えるはしけ』の子どもたちも、彼らの能力の範囲で運命に対し、生きることに対して勇敢で真剣なチャレンジを試みているからである。
 生きるためのチャレンジは、タウンゼンドの『アーノルドのはげしい夏』(1969)にも表現されている。これは、アイリッシュ海に面した小さな海辺の町を舞台に、16歳の若者が経験する激しい一夏の出来事を扱っている。よろず屋兼旅宿を祖父とともに経営するアーノルドの前に、やはりアーノルドと称し祖父の甥と自称する奇妙な男があらわれる。それがきっかけとなって若者アーノルドは、自分がだれなのかを知ろうとする。もちろん、作者の意図は、戸籍的な自己確認ではない。自分は何のために生きるか、将来何になるか、自分の社会における立場はどうかといった、人生についての若者らしい疑問から発した自己追究である。アーノルドは、同名の奇妙な男の死で、生活は以前と変わらず続くことが保証されるが、しかし、その生活には、特に発展の可能性がない。
 ウィリアム・メインは町を埋めようとする砂と、その砂に埋められたトロッコ線路を掘る少年たちを対比させた。タウンゼンドは、アーノルドに、自己追究の苦汁を呑ませた後で「物の尺度ではかるとき、永続するのは自然のみである。海、砂、岩、そして、空」と書いている。
 自然と対比して、短くあっけない人間の営みではあっても、主人公たちは真剣に悩み苦しんで生きている。彼らには逃避も諦念もない。メインもタウンゼンドも、つまりは、動かしがたい巨大なものに対しても、力のかぎりそれに立ち向かうことを人生と考えている。主人公たちの人生の前に立ちはだかるものは大きく、彼らの未来に急速に光はさしこまない。この点が50年代までの子どもと若者のための文学になかった点である。そして、そのことは、現在、イギリスの児童文学のある部分が、子ども、特にエリートコースをはずれる子どもにとって、現実は重くしかも容易に変わらないものであることを大胆率直に語りはじめていることを意味する。もちろん、それは、子ども自身すでに知っていることであるのだから、大人が子どもにより近づいたことを意味していると考えるべきである。イギリス児童文学の児童像の把握は、中産階級的停滞を脱するとともに、いっきょに他国のそれが到達しえていない段階にまで進んだといえよう。現実の重味の確認が、今のイギリスの子どもの文学の大きな特徴である。
 一般に保守的といわれるイギリスで、こうした急激な変化がなぜおこるのか。さまざまな理由があるのだろうが、一つ考えられるのが、バランスということである。イギリスの現代児童文学を担う人びとは、メインやガーナーやタウンゼンドばかりではない。フィリップ・ターナー、K・M・ペイトンといった人たちが多くの読者をつかんでいる。そして、この人びとに共通しているのは、伝統のよさを継承しつつ、新しい魅力を盛りこんだ作品をつぎつぎに生んでいる点である。フィリップ・ターナーは『シェパートン大佐の時計』『ハイ・フォースの地主屋敷』『シー・ペリル号の冒険』『ダーヌル川の船いくさ』の4作で、中部イングランドの架空の町ダーンリイ・ミルズを創造し、教区牧師の息子、富農の息子、職人の息子たちの日常生活と冒険を通して、成長する若い心を追究してみせた。彼の作品には大都会の若者が直面する悩み、疑問、誘惑などはない。何百年間も続いた生活のパターンにそった成長がえがかれている。ターナーには、若者の問題を避けるのではなく、神を求め、それぞれの特技を生活の手段とし、おたがいの存在を尊敬しつつ力を貸しあう落ち着いた暮しを、若者の不満をかもしだす現代と対置して批判してるところがある。彼の作品からは、いわば古き良きイングランドが感じとれる。
 『フランバーズ屋敷の人びと』3部作、つまり「愛の旅立ち」(1967)「雲のはて」(1969)「めぐりくる夏」(1969)でカーネギー賞を受賞し、英語圏のみならず日本でも多数の読者をひきつけているK・M・ペイトンにも、よい意味での保守性が見てとれる。彼女は3部作で、第一次世界大戦をはさむ貴族屋敷の崩壊と新しい世代による再生をえがいた。愛情問題、人生への興味、趣味等、彼女は近い過去を生きた人たちを、厚い肉付けある筆致で形象化した。変化は把握している。しかし、彼女は予見をしない。だから、1970年の『卒業の夏』で現代の若者と既成社会との衝突を、目新しい素材だからとか、政治的なアピールをするためとかでなく、ひとりの若者の生きる努力として作品化しながらも、大人の理解と人間的共感で、若者を迷路から脱出させているのである。
 こうした作家たちに加えて、300年に及ぶ歴史が選んだ古典や名作の数々がある。だから、イギリスでは、児童文学の常識を打ち破るショッキングな作品が出現しても、ある程度余裕をもって受け入れられ、読者に喜ばれ共感されることがわかったとき、その影響下に新しい領域をひらいていくことができるように思われる。この国の児童文学の底力である。
(テキストファイル化山本京子)