コドモの切り札


(10)

子どもたちの財産

甲木善久
           
         
         
         
         
         
         
         
     
 養老孟司のえるヒ卜』 (筑摩書房)を読んで、ハッとさせられた。
 この本へ、中高生を対象にした「ちくまプリマーブックス」の一冊として出版されたものだから、脳と人間という非常にややっこしい問題が、すごくわかりやすく書いてある。ということは、つまり、入門書として、あらゆる人にオススメできるということである。
 さて、この本の中に、「意識万能の社会」「意識と時間」という節がある。ここが特にスゴイ。詳しくはお読みいただくしかないが、まあ、その内容をまとめれば、大体こんなかんじである。
 まず、現代社会は「ああすれば、こうなる」という原理で成り立っている。これは試行錯誤試を退ける思考方法である。「どうなるかわからないけど、とりあえずやっちゃえ」では困るのだ。ところが、もちろん、現実には「ああなれば、こうなる」といかないことも数多くある。自然など、その最たるものだろうが、けれど、現代社会はそうしたものを極力排除し、管理していこうとする。だが、この危機管理の思考も万全ではない。なぜなら、これもまた、「ああすれば、こうなる」の思考に過ぎないからだ。
 さらに、この型の思考は、「どうなるかわからない未来」を「予定された未来」へ変えようとする。そうしなければ、不安なのだ。三カ月後の予定が決まれば、今どんなことをすればいいのか分かる。そして、これは未来を現在に組み込んでいくことである。
 こうした原理を持つ現代社会の「最大の被害者たちは『漠然とした、定まらない未来』だけを財産としている子どもたち」だと、養老氏はいう。とすれば、現代とは、子どもがコドモでいられない時代と言い換えることができる。
西日本新聞1996,12,08