コドモの切り札

19

甲木善久

           
         
         
         
         
         
         
         
     
  『河童が覗いたインド』(新潮文庫)という本がある。もちろん、有名な本だからお読みになった方も多いと思うが、舞台美術家である妹尾河童氏のインド旅行の詳細な記録で、それはもう、コマゴマこまごました物事を書き綴ったモノすごく濃厚な本である。しかも、その濃厚さは表現それ自体にも及び、文字は全て手書きで、イラストが最低でも二ページにひとつ入り、さらに、それが舞台美術家ならではの正確緻密なものなんだから、その有り難さに思わず頭が下がってしまう。
 んで、これがまた、実におもしろいのよ!  こまごまとした物たちの積み重なりによって、ある時空間の空気のようなものが立ち現れるということは、以前『まぼろし小学校』(串間努/小学館)の話のときに書いたけど、この本にも同じ効果があって、インドという文化の持つ混沌を抽象化することなく、そのまんまの状態で伝えてくれるわけ。そうして不思議なことに、読み終わるとインドの本質や全体が分かってしまうのである。
 こうした表現効果による氏の著作は他にもあって、『河童が覗いたニッポン』『ーヨーロッパ』(新潮文庫)『ートイレまんだら』『河童のタクアンかじり歩き』(文春文庫)などなどと、その興味は尽きない。
 さて、この作家の初の小説として出版されたのが『少年H』(講談社)だ。内容は自伝的色彩を帯び、妹尾肇少年(つまりは少年H)の小・中・高校時代の話である。
 少年Hの眼を通して描き出されるのは、穏やかにリベラルな父、子供のような純粋さを残す毋、近所の人々、神戸という街の魅力、そうして、初めはゆっくりと、やがて怒濤のごとく押し寄せる戦争の空気だが、やはりここでも妹尾河童の特質は、いかんなく発揮されている。
 これが優れた児童文学だという話はまた来週! (評論家)
西日本新聞1997,02,17
テキストファイル化 大林えり子