甲木善久
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『みんなのかお』(さとうあきら・写真/とだきよこ・文/福音館書店)という絵本がある。ウオンバットという動物の実物大の顔写真がドッカリと表紙におかれたこの本は、造りとしては単純で、それぞれの見開きに同じ種類の動物(側えばゴリラとかトラとかキリンとか)がニ十一頭づつ並べられているだけなのだ。そう、わかりやすくいうなら、動物たちの卒業アルバムのようなものを思い浮かべていただければ、それで間違いない。 ところが、その単純な造りにもかかわらず、この絵本が実に実に面白いのである。何度見ても、見飽きない。眺めているだけで思わずニヒニヒ笑ってしまうんである。 トラならトラ、ゴリラならゴリラと、私たちは知らず知らずのうちにそのイメージを固定化・記号化している。だから、仮に、サフアリパークに行ったとしても「ライオンって意外に薄汚れていて、間抜けな面構えなんだなあ」とは思っても、それぞれに違う顔を持っていることには、なかなか気がつかないものなのだ。 が、卒業アルバム風にズラッと並んだ動物たちの顔写真を見ていると、それがいかにインチキなリアリテイーなのかがよくわかる。賢そうな奴や、ずるそうな奴、頑固そうな奴、人(?)の良さそうな奴、とぼけた奴、気の弱そうな奴、そういう性格のようなものが、並べられるだけで一目瞭然となるのだから、これは企画の勝利である。 生き物なんだから、みんな違ってて当たり前!こうした当然の認識が、現代社会を生きる私たちの中でいかに稀薄になっていることか? 「たまごっち」に限らす、スーパーの精肉コーナーだって、あるいは、オオカミがいつでも悪役になる昔話だって、「記号化」という点では同じである。善いか悪いかは一概にいえない。だが、これが文化の姿なのだ。
西日本新聞1997.04.06
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