コドモの切り札

(34)
−幽霊話ふたつ−

甲木善久

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 浅田次郎の最新刊『鉄道員(ぽっぽや)』(集英社)を読み終えた。
 八つの短編が収められたこの本の特長は、帯の謳い文句である「あなたに起こるやさしい奇蹟」という言葉によって、すべて表現されてしまったといってよいだろう。
 ただ過ぎていく日常の中で、自分でも気づかぬうちに抑え込んでしまった想いが、何かしらの「きっかけ」によって解放される、という構造は、すべての話に共通する。が、そのような体験をする登場人物たちは、老いた鉄道員であったり、山の手の邸に生まれた子供であったり、やくざ者であったり、中年のエリートサラリーマンであったりするのである。こうした設定に、作者・浅田次郎の、人間に対する洞察が窺われることはいうまでもない。
 さらに、彼らを解放する「きっかけ」が、八編の中の六編で、ファンタスティックなものとなっているのが興味深い。幽霊や悪魔、あるいは、死者からの手紙という非現実的なものが使用されるのは、なにも児童文学の専売特許ではないのである。今日のように見えにくい現実に取り囲まれていると、それに風穴を開けるための装置として非現実を用いるのは、物語の迫真という点から実に納得のいくことなのだ。 そういえば、この『鉄道員』と同じようなテイストの本を思い出した。舟崎克彦の『黄昏クルーズ』(朝日新聞社)である。これは、中年の科学読み物ライターが語り手となって、十二編の幽霊話を紡いだ短編連作集だが、此岸と彼岸の境が溶け出す逢う魔が時− 黄昏をタイトルに持って来たことからも分かるとおり、やはり、現実に非現実が介入することによって人間の迫真を描いた物語である。
 日に日に蒸し暑くなる今日この頃、こうした物語で心を洗うのも、いいものだ。
西日本新聞1997.05.21