甲木善久
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浅田次郎『プリズンホテル』(徳間書店)は、きわめて出来の良いシチュエーション・コメディーである。ワケありの人物が買収した、山奥のワケありホテルに、ワケありのホテルマンや従業員が顔を揃え、さらに、そこへワケありの「客人」たちが続々と投宿する。こうした濃いシチュエーション(状況)の中で、定年離婚や、一家心中やら、幽霊やら、生き別れの恋人やら、家庭内暴力やらと、もうとにかく、これでもかこれでもかといった感じで、事件と人間が絡まり合い、そして見事に解決されていくのである。 ウーム、上手い。この面白さなら、テレビ化され舞台化されるのも、確かにうなずける。 さて、ところで、この「極道フアンタジー」作品を当コラムで取り扱うことを、僕は少しばかり迷っていた。が、しかし、遅まきながら昨夜、この作品の続編である『プリズンホテル秋』『プリズンホテル冬』(同前)を読み終えて、僕の迷いの霧はすっかりと晴れたもんね。自信を持って断言するが、この三作は紛れもなくコドモの物語なのだ! 子供向きだとか、子供にも読めるとか、もちろん、そんなチンケな理由でこのように断ずるわけではない。この物語に数多く登場するコドモたちのあり様が、そうして、傷を負いながらも生き延びていくその姿が、実に実にグッときちゃうんである。 たとえば、『秋』に登場する少女・美加。あるいは、『冬』に出てくる少年・太郎。彼らはそれぞれに、自殺を考えるほど追いつめられた状況にあるのだが、しかし、それを乗り越え生き延びていく。いや、正確にいえば、このホテルの磁場によって、生き延びる方を選択させられるのだ。 傷ついた魂を癒し、生きる力を回復する「プリズンホテル」は、物語の王道である。
西日本新聞1997.06.01
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