コドモの切り札

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甲木善久

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 人間はウソをつく動物である。それは、良いとか悪いとかいう話じゃなく、言葉を遣って世界を理解し、さらにそれを伝えていこうとする以上。ウソをつくことはもはや習性といっていい。だから、たぶん、日本語では「かたり」という言葉で(字は違うけど)、おしゃべりすることも、ウソをつくことも、物語ることも、まとめて表現できるのに違いない。
 したがって、ウソつきは「泥棒のはじまり」ならぬ「作家のはじまり」なのである。そういえば、たしか、景山民夫も浅田次郎も「君はウソつきだから作家になればいい」と人にいわれて作家を志した、とかいうことを何かに書いていた。
 さて、では、上手なウソをつくコツって何だと思います? それは状況を作ること。例えば、大事な花びんを割ったとする。で、その言い訳をしなければならないとしたら、持ち主も自分も納得できるような「本当らしい」状況を仕立て上げ、それがいかに不可抗力の結果であったかを語るのが一番だ。
 というわけで、立派なウソつきの創る物語は状況設定が実に上手い。なるほど確かにこれなら本当らしい、という設定をものの見事に創るのである。観念や理想を表現することが文学だという思い込みのあるきまじめな作家たちの書くものは、大抵これが欠けている。きっと、自分のことをウソつきだと思ってないんじゃないだろうか。
 ウソつきは言葉を過信しない。しゃべれども、しゃべれども、自分の中にある「本当」を相手に伝えられないもどかしさを知っている。だからこそ「かたり」に情熱を注ぐのだ。
 そうした上手なウソつき(物語作家)の一人である佐藤多佳子が『イグアナくんのおじゃまに毎日』(偕成社)で「イグアナってかわいいッ」と書いてます。ホントかよーと思いつつも語り手の少女に乗っかってこの物語を読んだら、最後は本当にイグアナってかわいいんだなぁと思うから不思議である。う〜む。
西日本新聞98/01/25

テキストファイル化妹尾良子