【児童文学評論】 No.166    1998/01/30創刊


【児童文学】
『怪物はささやく』(パトリック・ネス:著 シヴォーン・ダウト:原案 池田真紀子:訳 あすなろ書房)
 故シヴォーン・ダウトのアイデアを膨らませてパトリック・ネスが物語ります。
 ガンである母親のことで頭がいっぱいなのに、学校ではいじめられてしまってシンドイコナーの目の前に怪物が現れる。それは家の庭にあるイチイの木。こいつはコナーの状況に同情はしない、それどころかコナーに非難めいた問いかけもする。3つの物語を聞かせるからそのあとお前が4つ目を物語れ。それも真実を、と迫る。
 読者もコナーもそれがなんのことかはわからない。ガンで苦しむ母親を心配し、そうした沈みがちな雰囲気のためかいじめられているのだから、コナーは同情されてしかるべきなのに、何故?
 物語と真実を巡るメタ要素と、コナーが抱える過酷さが重なり、やがて何かが見えてくる。
 ウエストールの『かかし』を彷彿とさせる物語。挿絵もいいぞ。

『ピアスの星』(赤羽じゅんこ くもん出版)
 6年生のハミはクラスでなんとか巧く人間関係を作っています。
今憧れているのはコンビニで働いている高校生。さわやかなので勝手にミントくんと名付けています。
 ハミの親友サヤは現在、学校には通っていません。ハミは時々彼女を訪ねますが、学校のグループとサヤが巧く行けるか自身はありません。しかし、サヤには戻ってきて欲しい。
 そんな折、担任から、今度の遠足にサヤを誘って欲しいと頼まれ、ハミもそうしたいと思い、サヤもまた動き始めようとするのですが・・・。
 派手な設定も、心の奥底をえぐるような描き方もしていません。むしろ作者自身が迷いながら手探りで物語を進めている感じです。そのことによって読者の子どもにとって、この物語は併走感があるでしょう。

『願かけネコの日』(那須田淳:作 学研)
 学校でも、テニス部でもなんだかさえないコースケは、神社で三つの願いをする。が、鈍くさいことに崖から落ちて三途の川までやってくる。そこで脱衣婆が言うことには、姫神たちがコースケの願かけを気に入ったので、それらを自分で実現すれば生き返らせてくれる。期間は6日。さて、コースケの運命は?
『カラフル』と違ってこちらは、事故ですから深刻度は低いのですが、そのぶん克服する要素も見えやすく、軽いタッチで進みます。しかしそれは作者による仕掛けでもあって、油断していると、なかなか怖い部分にまで話は及んでいきます。
タイトルはわかりにくいかな。キャッチとしてはこれでもいいのか。

『緋色の楽譜』(ラルフ・イーザウ:作 酒寄進一:訳 東京創元社)
 日本デビュー以来、酒寄による精力的な翻訳によりイーザウの作品はたくさん読めるようになっています。大長編ばかりなので、その旺盛な創作力には舌を巻きますが、いつまでもエンデの後継者といったキャッチにつきまとわされるのは苦しいでしょう。とはいえ、テーマに沿った的確な資料配置によって物語を構築していくその手法は、エンデ譲りと言えるでしょう。
今作も、膨大な資料の山を物語に沿って切り取っていく様は圧倒的で、己の無知さを恥じ入りながらの読書となりました。
設定と展開はシンプルです。フランツ・リストの子孫であるピアニストが、リストが関わっていた秘密結社の恐るべき武器、音楽によって思いの儘にサブリミナル効果を上げられる楽譜を巡っての攻防で、世界中を駆け巡ります。もちろん、読書は止まりません。
『ダヴィンチ・コード』よりは教養があって、『薔薇の名前』ほどは深淵ではないといったところです。
【絵本】
『ストップ原発 1大震災と原発事故』(野口邦和:監修 新美景子:文 大月書店)
 福島原発事故を踏まえて、脱原発のための情報絵本が登場です。全4巻。
 1巻目は事故の経緯を追いながら、日本の機銃の甘さも含めて、原発の問題点を示していきます。
 本当はこういう絵本は必要ないのが一番いいのですけれど。

『春節 チュン チェ ―中国のおしょうがつ』(ユイ・リーチョン:文 チュ・チョンリャン:絵 中由美子:訳 光村教育図書)
 別の国への親しみを育てるには、その国の日常文化を知ることですが、この絵本はそうした役目を果たしてくれます。
 旧暦のお正月、出稼ぎに行っていたお父さんが帰ってきます。これで兄さんとかあさん4人で楽しいお正月を迎えることができます。
 どんなお正月なのか? どうぞ楽しんでください。
 陰影より輪郭をはっきりさせた画は、アートであるよりまず、子どもたちの親しみやすさを優先しています。

『ピートのスケートレース』(ルイーズ・ボーデン:作 ニキ・ダリー:絵 ふなと よし子:訳 福音館書店)
 第二次世界大戦下、ナチス・ドイツによって占領されているオランダが舞台。実話に基づいています。
 ピートの女友達のヨハンナは氷上にブレードで字を書けるほどスケートが上手です。そんなヨハンナの父親が捕まります。抵抗運動で密かにイギリスと通信していたのが発覚したのです。ヨハンナとその弟を隣国ベルギーへ逃がしたい。住民たちはピートに白羽の矢を立てます。まるで子ども同士が遊んでいるだけのような振りをして、凍った河をヨハンナたちとスケートで渡り、目的地まで送り届けるのです。危険を伴う任務ですが、大人たちはピートを信頼し、彼に賭けたのでした。
 不安を隠しながらヨハンナたちを導くピートの姿を描きます。
 『かわいいサルマ』(光村教育図書)でおなじみのニキ・ダリーが絵を付けていて、ヨハンナの表情や仕草が実に良い。

『景福宮』(イ・スンウォン:作 おおたけきよみ:訳 講談社)
 ソウルに言ったら必ず見学するであろう朝鮮王朝の王宮を詳しく描いた絵本です。
 その絵の美しさにまず圧倒されます。が、それは迫力ではなく静謐さです。歴史的には決してそんなことはないのですが、時を越えて今、景福宮は平和への祈りのようにたたずんでいます。

『おかあさんとわるいキツネ』(イチンノロブ、ガンバートル:ぶん バーサンスレン、ポロルマー:え つだのりこ:やく 福音館書店)
 モンゴルの昔話を素材にしています。
 オルツ(移動式住居)の中には赤ちゃん。おかあさんは子育てとトナカイの世話で忙しい。トナカイのミルクを絞っている間にキツネが赤ちゃんを狙います。色々手を尽くすのですが、とうとうさらわれ・・・。
 母親の様々な工夫とキツネのやりとりが、危機一杯でありながら、昔話的ユーモアにもあふれて楽しく、暖かな物語です。

『絵本 子どもたちの日本史1』(全5巻 加藤理・野上暁:文 石井勉:絵 大月書店)
 かつて『日本子どもの歴史』(全7巻 第一法規出版)という本があって、通史としてとても役に立った(今も立っている)が、これはもう少し子どもの側に寄り添って描かれる通史です。絵本、絵草子かな。一巻目は子どもたちが知らない昔の子どもの姿。そして最終5巻は読者である子どもたち自身の時代まで語られることでしょう。楽しみです。

『ビブスの不思議な冒険』(ハンス・マグヌス・エンツェンスバルガー:作 ロートラウト・ズザンネ・ベルナー:絵 山川紘矢・山川亜希子:訳 PHP研究所)
 ビブスは地下の洗濯かごに入っている。父親に自転車が壊れたのを自分のせいにされたのだ。世界は楽しくない。ビブスは大好きな色つきガムを声を出して願う。と、色ルキガムが洗濯場一杯に。そうか。ビブスは願う。「世界よなくなれ!」と。すると世界はなくなり・・・・・・。
 物の存在と、その意味を考える哲学入門。

『みにくいフジツボのフジコ』(山西ゲンイチ アリス館)
 フジツボ版、「みにくいあひるの子」であります。
 といっても、なぜそれをフジツボですることを思いつくかなあ〜と、山西さんに脱帽。
 フジコは、気のいいネコさんの頭に乗せてもらって旅をして、本当の自分の親を捜すのですが、富士山も、ソフトクリームのコーンも違うようです。さて、巡り会えるでしょうか?

『ABCのえほん』(サイモン・バシャー:作 灰島かり:訳 玉川大学出版)
 アルファベットを楽しく覚えるための絵本。
 Aでは頭にAの付く言葉で一文を作っています。音のリズムの楽しさも味わえます。
訳はありますが、これはやはり難しいというか不可能なので、訳者はがんばりつつ、ユーモアの方に心を砕いています。

『あいうえおのえほん』(灰島かり:文 小中大地:絵 玉川大学出版)
 『ABCのえほん』の訳者による、「あいうえお」絵本。こちらは、『ABCのえほん』での苦労を吹き飛ばすかのように活き活きとしています。
 それにしても忘れてはならないのが、二宮由紀子の『あいうえおパラダイス』(理論社)でしょう。

『ゆきだるまのスノーぼうや』(ヒド・ファン・ヘネヒテン:さく・え のざかえつこ:やく フレーベル館)
 毛糸の帽子にマフラー。ニンジンの鼻。手にはフォークを持っているのがスノーぼうや。雪の上にじっと立っています。でも退屈。動きたいのですが、兵隊の雪だるまたちが、安全のために止めます。でもでも、やっぱり動きたい。スノーぼうやは、勇気を出して動き出します。そして・・・。
 自分で判断して自分で動き出す事で得られる喜び。スノーぼうやはそれを教えてくれます。
 仕草がかわいいぞ。

『くまくんと6ぴきのしろいねずみ』(クリス・ウォメール:作。絵 吉上恭太:訳 徳間書店)
 巧い物語。
 ぬいぐるみのくまくんが森へお散歩。すると、白いネズミの子ども六匹が迷子。助けようとくまくん。でも色々と怖い肉食動物たちがやってきます。くまくん、子ネズミたちにまん丸になってもらって、これはネズミではないと知恵を絞ってごまかします。
 愉快ですよ。

『たったひとつのねがいごと』(バーバラ・マクリントック:作 福本友美子:訳 ほるぷ出版)
 マクリントック新訳です。
 19世紀的風景の中で、猫の姿によって物語が展開します。
 長女のモリーは母親が病期になったので、妹たちの世話をしなければならず心配が絶えません。市場へ買い物に出かけたとき見知らぬおばあさんから、何でも望みが叶う魚の骨が手に入ると告げられます。予言通り手に入れたモリー、さて、どんな願いを?

『ねことおもちゃのじかん』(レズリー・アン・アイボリー:作 木原悦子:訳 講談社)
 ねことおもちゃ好きのための、贅沢な時間を過ごせる絵本です。設定はシンプル。子ネコのオクトパシーはぬいぐるみのタイガーがお気に入り。毎日じゃれていますが、すぐになくしてしまう。
 オクトパシーはタイガーを見つけられるか?
 祖父母の代からの様々な大切なおもちゃが描かれ、その中に隠れているタイガーを子ネコと一緒に探していきます。

『ノミちゃんの すてきなペット』(ルイス・スロボトキン:作 三原泉:訳 偕成社)
 ニミちゃんは動物園が大好き。というか、動物が大好き。だからお家でも飼いたいな。ママに相談、何を飼いましょうか?
 ノミちゃんがすぐに思いつくのはゾウやキリンやライオン、大きな動物ばかり。想像してみると、ちょっと無理かもね。そこで・・・。
 時代を感じさせる素朴な色と輪郭ですよ。

『ちゅっ!』(チョン・ホソン:作 光村教育図書)
 ぬいぐるみからペットから窓まで、ちゅっ! ちゅっ! ちゅっ!
 ちゅっ! が好きな女の子。
 世界との繋がりにためらいがないのがステキね。

『あらいぐまのおふろやさん』(花の内雅吉 すずき出版)
 『はらぺこあおむし』系の穴あき仕掛け絵本です。1アイデアで勝負なので簡単なようでいて難しいのですが、この作品はとても愉快に展開しています。
 大きなたらいの湯船があって、その真ん中がくりぬかれており、そこに様々な動物が入り、ページを繰ると出て洗う絵になるわけです。
 そうして次々と動物がやってくるのですが、そこにちゃんと親が子どもをカバーするエピソードが仕掛けを使って展開されています。

『あひるのたまごねえちゃん』(あきやまただし すずき出版)
 どんどん拡散中のたまごにいちゃんの仲間たち。今度はあひるのたまごねえちゃんだ。
ここまで来るともう、どこまで行くのだろう? と興味津々。
今作は、コレクター心理を描いています。

『かいてぬって どうぶつえん らくがきちょう』(有沢重雄:ぶん 福武忍:え 小宮輝之:かんしゅう アリス館)
 どっちかというと、らくがくちょうより塗り絵なのですが、その中間かな。
 76種類の動物の輪郭だけが描いてあります。ただし全体の輪郭ではなく、その動物を特徴付ける一カ所だけは絵がいてありません。そこが落書きとなります。
 塗り絵への欲望と落書き絵への欲望は違いますが、それを出会わせたアイデアは秀逸。そこで起こるノイズから想像も生まれます。

『生きものカレンダー4 木の葉や花をたのしむ12ヶ月』(姉崎一馬:著 アリス館)
 好きなシリーズに「木」が登場。
 花だと愛でる感じですが、木の場合「ほう」っと感心・感動することが多いです。でも恥ずかしながら知らない木はいっぱいあります。木の名前は結構知っていますが、どれがそれなのかわからない。きれいな花が咲いていると足を止めて「ほう」っとなりますが、その後、木の名前が出てこないのがはなはだつらい。
 図鑑だと大変ですが手頃でありがたい本です。

『おやおやおやつ』(庄司三智子 岩崎書店)
 ホットケーキにチョコレート、ようかんだってありますよ。
 ということで、おやつが大集合絵本です。
 口上は、言葉遊びよろしく調子の良いかけ声でございます。
 どうぞ召し上がれ。

『おにのおにぎりや』(ちばになこ 偕成社)
 鬼の兄弟、弟が兄に訊きます。何故おにぎりはおいしいか? 兄は言います、そりゃあきっと、「おに」とついているからだろ。
 ってことで、二人はおにぎり屋さんを始めますよ。
 たくさんの動物が食べに来ておいしい、おいしい。
 みんな仲良しの物語。

『馬の草紙』(井上洋介 「こどものとも年中向き」 2012.01 福音館書店)
 大昔、川に馬が立っていた。昔川に橋がかかった。その橋を通るとき、犬も牛も人間も馬になる。渡り終えると元に戻る。そんな話があったとさ。
 もちろんここに寓意を探ることは可能ですけど、そんなことを捨て置いて、おもしろい。
 画と物語が相まって、おもしろい。

『ももいろのちいさないえ』(おかい みほ:さく 「こどものとも年少版」 2012.01 福音館書店)
 たくさん階段がある桃色の家。階段を上り、部屋を見ると動物が何かをしていて、窓を開け放つと広い空間へと出て行きます。
 だからといって岡井は、自然が一番といった陳腐なことを描いているわけではなく、家の安心感と外の解放感の往還を謳います。部屋空間の描き方というか使い方が本当に巧い。
 そしてオチの子どもに寄り添い度の美しく愉快なこと。
 岡井美穂はやっぱりいいなあ。

『5のすきなおひめさま』(こすじさなえ:さく たちもとみちこ:え PHP)
 1の好きな王様はなんでも一つで揃えるのが好き。2の好きな女王様はなんでも二つで揃えるのが好き。3の好きな王子さまはなんでも三で揃えるのが好き。5の好きなお姫さまが、気に入ったプレゼントをくれた人と結婚すると言うのですが、果たしてどの王子さまが?
 数への興味の入口絵本です。

『あかい み みつけた』(山下恵子:ぶん 城芽ハヤト:え 「ちいさなかがくのとも」2012.01 福音館書店)
 父親から、せんりょうは赤い実を付けると教えられた女の子、二人で祖母の家に行く道すがら、赤い実を付けた樹木を見るたび、これがせんりょうかと訊ねます。その繰り返しのやりとりが二人の繋がりの温かさを伝えてきます。

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