じどうぶんがくひょうろん

No.8 1998/08/15号


           
         
         
    
ングリッシュローズの庭で』
(ミッシェル・マゴリアン 小山尚子訳 徳間書店 2200円 1991/1998)

 時は第二次世界大戦。女優である母親が慰問団として留守になったので、ロンドンの戦禍を逃れ、海辺の村に疎開してきたローズとその姉のダイアナ。親戚の叔母を頼るはずが、村に着くと彼女もまた召集されていた。ロンドンに帰ろうというダイアナ。けれどローズは、自分たちだけで暮らせるこの機会を逃したくなと、姉を説き伏せる。彼女たちが暮らすことになったのは千鳥荘。そこにはかつて、「狂人ヒルダ」と呼ばれる女性が住んでいたため、長く住み着く人はいないという。ヒルダはかつて精神病院に入院していたのだ。何故? 偶然発見したヒルダの日記をローズは読む・・・・。
 狂女の物語といえば誰しも「ジェーン・エア」を思い浮かべるでしょう。「ジェーン」はいわば、主人公ジェーン・エアと、屋根裏の狂女に引き裂かれてしまっている女という存在の物語であったのですが、『イングリッシュローズの庭で』は、それをベースに、ダイアナとローズという若い姉妹の成長を、描いています。
「ジェーン・エア」の場合、ジェーンと屋根裏の狂女は繋がることは出来なかったのですが、、この物語では、ローズがヒルダの日記を読むという形で、ヒルダのメッセージは姉妹に届きます。
 二人の恋愛、意外な人間関係、未婚の母となる友人と、お膳立ては堂々たるロマンス小説で、一気に読ませます。
 そしてなにより注目したいのは、現代に書かれたこの物語は、ジェンダーの存在を意識していること。

『つきのふね』
(森絵都 講談社 1400円 1998)

 現代のこの国の子供の呼吸に敏感な作家の一人、森絵都の新作。さくらは中学生。友だちと万引きしたとき助けてくれた智さんのアパートに、最近よく出入りしている。智さんはスーパーでバイトをしながら箱船計画の箱船を設計している。
 クラスメイトの勝田はさくらの友人の梨莉を好きなんだけど、かなりストーカー。さくらもつけ回し、とうと智さんのアパートにもやってくる。さくらが智さんのアパートにきたら、先に勝田がいたり。かなりアブナイ奴。
 万引きで捕まったとき以来、さくらは梨莉とつき合っていない。梨莉は段々ヤバイ友だちに深入りしているよう。
 そんなおり、智さんがヘンになってきて、さくらと勝田は心配するのだが・・・。
 この作者、うまいので、逆にラストの処理が破綻なくなりすぎるきらいはあるけれど、この国の児童書の現在を知るには、絶好の物語の一つ。私は注目しています。

セイリの味方スーパームーン』
(高橋由為子 偕成社 1000円 1998)

 タイトルの駄洒落を見て、引いてしまうお方も多いかも。くどく説明すれば、これは「正義の味方」を「生理の味方」にした、セーラームーンもどきのタイトルであります。
 けれど、だからといってシカトするのは勿体ない。
 物語ではありません、初経(初潮よりこっちの表現のほうがへたな感情が入らなくていいでしょう)を迎える(迎えた)女の子たちのためのノウハウ本です。
 性教育の本は結構でていますし、今はなき雑誌、「中学コース」や「明星」なんかでも子どもに向けての性の情報は流れていたのですが、この本のおもしろさは、理念や思想やではなく、極めて具体的に対処方法を分かりやすく書いていること。著者の高橋氏自身が子どもの頃、生理でシンドかったらしくて、その体験から書かれているようです。 その丁寧さは、「ナプキンは燃えるゴミか燃えないゴミか」にまで及んでいます。
 例えばそれは自治体によって扱いが違うこと。だから自治体に問い合わせてほしいと書かれ、そして、自治体への電話「ナプキン」というのが恥ずかしいなら紙おむつと言えばいいということまで書かれています。
 生理をからかを男の子への対処や、イライラの解消法まで、隠すことではない(もちろん、わざわざ言うことでもない)生理に関わる出来事を、これほど優しく書いた本も珍しい。
 女の子だけでなく、母親にも教師にも父親にも、男にも、男の子にも役立つ書。

『不思議を売る男』
(ジェラルディン・マコーリアン 金原瑞人訳 偕成社 1500円 1998/1988)

 母と娘の古道具屋。人のいい母親は商売に向かず、売り上げも今一つ。そこへ現れた怪しげな男。住まわせてもらう代わりに、手伝うという。
 お客が何かの道具に興味を示したとき、男はその道具の由来を語る。その話に魅せられたお客は道具を買って行く。けれどその道具の由来を男が知っているはずもなく・・・。
 といった設定で、短い物語が男を通じて語られていく段取りです。物語たちはどれもなかなか出来がよくて楽しめます。特に兵隊の人形の話はいい。
 それと物語の構造も興味深いものです。というのは、男が店から去った後、母と娘は、男が実在せず、しかし男が語った由来は真実だったと知るのですね。つまつ真実が虚で、虚と思っていたことが真実だと。
 どうしてそうなってしまうかは、秘密。

『海うさぎのきた日』
(日南塚直子絵 あまんきみこ文 小峰書店 1300円)

 久しぶりのあまんワールド。なわとびがへたで、ものおじしている少女。ひとり砂浜に行くとそこではうさぎたちがなわとびをしていて・・・。
 ほんわか、のんびりした、あまんさんのリズムで夏バテの体を休めたい。

『マカフシギ物語』(舟崎克彦作 三間由紀子作 舟崎克彦絵 大日本図書 1238円)
 こちらは、あほらしくおもろい、舟崎ワールド。
 宇宙船から流れ星を観察しようと、カップラーメンを食べながら窓の外をみていると、一羽の鳥が地球に落ちていった。なんて、はなから、あほくさく始まります。

『夕やけケーキをやく三人のまじょ』
(渡洋子作 かすや昌宏絵 大日本図書 1238円)

 幼年童話と言われるものの一つ。
 子猫を拾ってきたけど、飼えない。捨てるしかなくなきなき子猫を抱きながら歩いていると、ファンタジー世界に入り、冒険し、その世界を救い、子猫はその世界の住人であった。だから、日常に戻ると、捨てるはずの子猫は居ない。こうした、現実をごまかしてしまうのが、幼年には相応しいとの子供観の典型です。

『ほしのこのひみつ』
(アルカディオ・ロバト作 若林ひとみ訳 フレーベル館 1200円)

 絵本です。
 この作家の絵を好きかどうかで、まず、評価は決まってしまうでしょう。
 私は好きです。
 幼いヘレンは寝る前にお話をしてもらう。この夜は、お星様を欲しがったお姫様の話。 と、それを空で聞いていた星の子は、本当の話だと思い、ヘレンがそのお姫様だと信じて、話しかけにくる。
 とてもバランスがいい、絵本です。

っこ』
(富安陽子 偕成社 1200円 1998)

 父親の仕事の都合で、茂は関西に転校。住むことになったのは亡くなったおばあちゃんの家。そこで茂るは、その家にいる「ぼっこ」と出会う。まだ慣れない新しい学校生活、ぼっこはなにくれとなく茂を助けてくれ、茂はしだいに生活に慣れていく・・・。
 日本の妖精(?)の一つ座敷童に材を採った物語。他にも山姥や天狗も出てきます。『クヌギ林のざわざわ荘』からスズナ姫、日本の自然や昔話を素材に書く、紛れもなく富安陽子ワールドの一冊。
 茂が東京育ちであること、父親の関西での仕事がニュータウン造りであることなど、失われゆく自然と現代といったテーマが背景に浮き上がってきます。
 今、ニュータウンと書いたように、この物語の時代設定は、千里ニュータウンが出来る頃、つまり30年以上前です。私の年齢ですと、60年代後半は充分現代なのですが、今の子どもには100年前も30年前も、等しく昔でしょうね。
「ぼっこの座敷のことを話そう。今まで、だれにも話さなかったけれど。あれはもう、遠い昔のできごとで、このままずっとだまっていたら、ぼくまで忘れてしまいそうだから。」
 と物語は始まるのですが、何故それは過去の思い出物語として語られるのか?
 それは何も『ぼっこ』だけではありません。例えば『誰も知らない小さな国』、『木かげの家の小人たち』などもそうで、ここには何か、秘密がありそうです。

『カバランの少年』
(リー・トン 中由美子訳 1900円 1998/1992)

 ちょっと珍しい、台湾の物語。台湾少数民族カバランを祖先に持つシンクー少年。彼はクラスメイトでただいま売り出し中のアイドルでもある少女を追って、過去カバランが住んでいた土地に。そこで時間の流れに巻き込まれ、シンクーは祖先の少女と出会う・・・。
 近いのに案外知らない台湾の、しかもなお知らないカバラン族に触れるのもおもしろいし、そこにある差別を知ることもできるし、台湾の児童書世界を垣間見るのにもかっこうの物語。

下脈系』
(マーガレット・マーヒー作 青木由紀子訳 岩波書店 1900円)

 このニュージランドの作家を、岩波書店はえらく好きなようで、やたら翻訳しています。
 このタイトルの原題Underrrunnersは、「冬の雨で膨張した地面が、夏の乾燥により収縮することによってできる地下のトンネル」(訳者あとがき)のことであるそうなのだが、だからといってこの邦訳題はどうか? これ見て、何のことか判る日本人はいないでしょう。
 邦訳題の難しさは承知しているけれど、もう少し工夫して欲しい。
 物語は、臆病でいじめられてもいるトリス少年が、唯一友だちとしているのは、地球を救うヒーロー、「セシル・ファイアボーン」セシルはトリスの頭の中だけに存在し、トリスはセシルといつも会話をしている、といった、今の日本にそのまま移してもいいような、設定。
 この辺りのアンテナの感度の良さは、さすがマーヒーだ。
 ひょんなことから、トリスは、事情のある子どもを収容している施設の少女ウィノーラと出会う。彼女の母親は自殺癖があり、別れた暴力父親は、自分のアイデンティティ確保のために、娘であるウィノーラを奪い返すべく、奔走している。
 そして、とうとう、父親が現れ、トリスは自分のとっておきの隠れ場所、Underrrunnersをウィノーラに教えるのだが・・・。