|
『育児の原理』は、日本人で初めてシュバイツァー博愛賞を受賞した内藤寿七郎博士が、六十年もの臨床体験をもとに綴った二十八冊の著書を一冊にまとめた本で、育児のバイブル的な存在。各国で翻訳されています。あとがきに、『育児に行き詰まったお母さんが私の本を読んでホッとするとおっしゃってくださいます。この本は、いわばその「ホッとする」の集大成です』とあるように、語りかけるような口調で書かれた最も基本的なこと、原点を思い出させてくれるアドバイスは、育児に悩んだり、迷っているお母さんの心を和ませ、精神のバランスを保ってくれる言葉に満ちています(ただ、タイトルの「原理」という言葉の響きは、最初、敬遠してしまいました。学生時代、私は理科系の勉強がとても苦手だったので。もしもこの本を、書店の店頭で見かけていたら、読む前に「ウッ」と拒否反応が出ていたかも。ましてや誰かに薦められたりしたら、ちょっぴり気が重くなっていたかもしれません)。 この本に出会った頃、私は出産したばかりでしたが、母乳が全く出ませんでした。毎日、とても暗い気持ちで過ごし、そのことを気にするあまり、自分の子どもに対して何をするにも遠慮がちだったように思います。書店でいくつかの育児書や雑誌も手に取りましたが、情報が暖味だったり氾濫していて、よけいに迷ってしまいました。今考えると、そんなに思いつめなくたって良かったのにと思えるのですが、そのときは神経が張り詰めていたのでしょう。そんなとき、この本のことを知ったのです。しかも、デパートの育児用品売り場で。なにげなくベビーカーのチラシを手にしたとき、そこに書かれていた文章が、まるで私をやさしいまなざしでじっと見つめているような気がしたのです。チラシに引用されている部分だけでなく、もっと読んでみたいと思った私は、すぐにそのベビーカーの会社に問い合せ、この本を手にしたのでした。 本は、出産から幼児期のしつけに至るまで三百ぺージ(!)もあり、「母乳」に関してだけでも四十ぺージ以上。母乳がなぜ出なくなるのか、大切なものだからこそ、出ない場合はどうしていくのか、そして一番大切な栄養とは…。最新のデータと長年の経験から最後を締めくくる言葉は『赤ちゃんにとって一番大切な栄養は、お母さんの「笑顔」です』。気休めではなく説得力に満ちた一言でした。『育児の基本は子どもの目を見ることにあります。生まれた直後の赤ちゃんでも、やさしい気持ちで見つめてくれる人には視線を合わせるのです。』本を読むことで心底救われたと感じたのは、その時が初めて。やっと笑顔を取り戻せました。 子どもが四歳になった今も、この本はとても大切な一冊。「仕事を持つお母さんと子ども」という章には、勤めから帰ってきた親に対して『何の遠慮もなく誰はばかることなく飛んでいき、すぐその場で子どもを抱き上げて下さい。心の底からの頼ずりをするだけでよいのです。』とあります。博士の言葉は、いつも私の背中をポーンと後押ししてくれています。(飯島智恵) 徳間書店「子どもの本だより」2002.1/2 東新橋発読書案内「やさしいまなざし」 テキストファイル化富田真珠子 |
|