絵本、むかしも、いまも…
第25回「絵で物語を伝える――谷内こうた」

なつのあさ
谷内こうた:文、画 至光社刊
竹迫祐子

           
         
         
         
         
         
         
    
 私の絵本体験の原点は、かの"講談社の絵本"。月に一度、父が持って帰ってくれる講談社の絵本でした。中でも『かえるの王女』は忘れられない一冊です。ウォルター・クレインのそれとは程遠い代物でしたが、幼い私は、たて巻にカールされたお姫様の髪型に、大いに心をときめかせたものです。
 ですから本格的に絵本と出会ったのは、中学生の頃。地方の洋書も扱う本屋に、叔母が勤めはじめてからです。ラチョフの『てぶくろ』も、エッツの『もりのなか』も、バートンの『ちいさいおうち』にも、そこで出会いました。そして、その書店で開かれた絵本原画展で、いわさきちひろや谷内こうたの絵本と出会ったのです。
『なつのあさ』(至光社刊・1970)を見たときの驚きは格別でした。作者の谷内こうたは、「週刊新潮」の表紙に郷愁と詩情に満ちたナイーフアートを長く描きつづけた谷内六郎の甥にあたる人。わずかなことばが添えられただけのこの絵本は、文章でなく、絵で、絵だけで物語がわかるのです。
 夏の朝、男の子はうんと早起きをして、ひとり、自転車を走らせます。まだ、朝露に濡れた草原から、少しずつ時間が経ち気温が上昇するにつれて、草が匂い立ちます。朝の風が、夏草の海をゆったりと波打たせていきます。小高い山のてっべんまで、汗をかきながら一気に駆け上って、男の子はいったい何をしようというのでしょう。頁をめくる手がもどかしくなります。そして、開かれた頁には…。"だっだ しゅしゅ"のことばとともに描かれた機関車。"だっだ しゅしゅ だっだ しゅしゅ"。読み終えた私の耳にも、主人公の男の子同様に、この音が響きつづけていました。
 『なつのあさ』は、「絵本というものが、絵で物語を伝える力を持っている」ということを、私にはじめて教えてくれました。それまで、がっしりとした物語が、文学としてあってこそ、絵本が存在すると漠然と考えていた私にとっては、驚きの一冊。絵が、文学の付属物ではない絵本。絵とわずかなことばが絶妙の調和をなし、ストーリーを豊かに語る絵本でした。
この絵本は、至光社の編集者、武市八十雄が取り組んだ、言わば「感じる絵本」とでもいうべき絵本シリーズの一冊。1960年代の終わりから70年代初頭にかけての頃のことです。谷内こうた、いわさきちひろ、杉田豊といった画家たちが、この実験的な絵本作りに取り組みましたが、それは、戦後の日本の絵本に、全く新しい風を起こす試みだったと言えます。
 さて、今回から、今日の絵本に連なる数々の絵本、今も私たちのすぐ身近にある絵本たちにスポットをあてて、紹介していきます。
テキストファイル化富田真珠子