絵本、むかしも、いまも…第36回

「ユーモラスで愛矯のある文人画 ―清水崑(しみず こん)―」
『かにむかし』(木下順二作/清水崑画/福音館書店刊)

竹迫祐子

           
         
         
         
         
         
         
    
 少し時代が遡ります。1953年に岩波書店から絵本シリーズ「岩波子どもの本」がスタートしました。創刊時、編集を手がけたのは、『くまのプーさん』を翻訳した石井桃子。いぬいとみこや児童文学研究者の鳥越信といった、その後の子どもの本の世界で活躍した人たちが編集に参加しました。
「岩波子どもの本」シリーズの多くはアメリカを中心に、イギリス、フランスなど海外絵本の翻訳。価格を抑え、子どもにとって扱いやすい大きさにするために、16センチ×20センチという小型サイズにしたり、文章を縦書きで入れるという方針のため、原書に比べると絵が左右逆向きになったり、絵が部分的にカットされていたり、ということもおこりました。けれど、戦後間もないこの時期に、積極的に海外の魅力的な絵本を日本に紹介し、普及した役割は、大きなものがあります。現に『ちいさいおうち』や『はなのすきなうし』をご記憶の方も多いでしょう。
 そんなシリーズの中で数少ない日本の絵本のひとつに清水崑の『ふしぎなたいこ』(1953年)があります。
 清水崑(1912〜1974)と言ってもピンとくる人は少ないかもしれませんが、お酒の黄桜のカッパ、と言えば、ああ…とうなずかれるはず。1932年に、横山隆一や近藤日出造とともに新漫画派集団に参加。岡本一平に認められて、漫画家として活躍します。戦後は朝日新聞などに政治漫画を描く傍ら、子どものための漫画や本の世界でも活躍、喜劇映画の原作や画案なども手がけました。エノケン(榎本健一・戦中、戦後に活躍した日本の喜劇王)の時代劇も彼の仕事のひとつ。どうりで、『ふしぎ…』を見たときに、エノケン映画に似てると思ったわけです。とは言え、清水崑と言えば、やはりカッパ。1950年代、雑誌に連載した「かっぱ天国」で人気を博し、初代「カッパ黄桜」の画家(二代目は小島功)として一世を風靡しました。
 毛筆による文人画風の素朴で柔らかな線は、ユーモラスで温かな雰囲気とともに、独特の庶民性と愛嬌をもっています。『かにむかし』は、『ふしぎなたいこ』から6年後の1959年に刊行されましたが、『ふしぎ…』に比べると、その筆は一層、自由で勢いを増していますし、場面展開も巧みで絵本の完成度はぐっとアップしています。実際、頁いっぱいに広がるたわわに実った柿の木や、つぶれたカニの下からカニの子たちが「ずぐずぐずぐずぐ」這い出してくるシーンも、この絵本のイメージと言えば、浮かべる人が少なくないようです。本誌編集者のTさんもそのひとりとか。
 表紙こそカラーですが、中は墨と赤の二色。大層地味ではありますが、それゆえの味わいも深く、今の時代にも決して古びていない絵本です。

徳間書店「子どもの本だより」2003年5-6月号 より
テキスト化富田真珠子