世界本のある暮らし

第十回  オーストリアから
旅人のあなたも本を借りられるウィーンの図書館


           
         
         
         
         
         
         
         
     
 音楽やお菓子 の都として名高いオーストリアの首都、ウィーン。この街に私が暮らしたのは、97年3月から99年3月までの2年間でした。数々の音楽の祭典、おいしそうなケーキを並べるカフェをよそ目に、私はノートパソコンとお弁当をしょって、雨の日も、風の日も、そして雪の日も、図書館に通いました。(私を知る人が聞けば、「えっ、うそ〜」と叫びそうですが、ウィーンに住む学生としては、至極当然の行動です。)
 京都にほぼ等しい面積を持つウィーンには、観光客にも有名な国立図書館の他、大学図書館、公立、並びに私立の研究機関の図書館が数多くあります。これらの図書館は各々専門性を打ち出す一方、インターネットやその他のネットワークシステムで、互いに協力関係にあります。蔵書データベースは、国内主要都市にある大学図書館の蔵書も網羅しています。そこで、探している本がウィーン以外に存在することを確認した場合は、書籍登録番号を書き留め、受付で取り寄せの手続きを行います。ちなみに、ミュンヘンやベルリンといったドイツの諸都市からの書籍取り寄せも可能です。
 ウィーン図書館事情として忘れてならないのはまた、その公開性です。大学図書館すらも、すべての人に対しその扉を開いており、観光客もデポジットを預ければ、本を借りることができます。冒頭でパソコンの持ち込みについて触れましたが、その目的は主に、貸し出し、及びコピー厳禁の書籍の内容を書き写すためです。こういった書籍に対しては、専用の読書室があります。みな同じような事情でその部屋にこもっているわけですから、自然と親近感が湧いてきます。メガネを外し、ふーっと一息つくと青い目の“同志”と目が合い、「一緒にお茶しに行かない?」なんて言われることも、たまにはありました。
 ウィーンには更に、市内23区すべてに市立図書館があり、各図書館の蔵書データはコンピューターで一括管理されています。したがって、どこかの図書館のコンピューターで本の所在を確認した後は、その本のある別の図書館へと向かうのみ。市立図書館では取り寄せはできませんが、市内の全公共交通機関を網羅する低額の定期券があり、また渋滞もないウィーンにおいては、それほど苦に感じることはありませんでした。
 私が最もよく利用した市立図書館は、9区にあるスコーダーガッセ館です。ここでは、まずコートや余分な荷物をクロークに預け、入館します。その後すぐコンピューターの前へ、というのがお定まりの行動パターンでしたが、直接書棚へと足を運ぶのもまたよいでしょう。受付で本の分類と、それに対応した書棚についての案内書をもらえます。大学図書館では見つけられなかった書籍に行き当たることも稀でないほど、ここの蔵書は充実していました。書架はすこぶる高いわけでもなく、また車椅子のことを考えてか、書架と書架の間も広くとってあるので、本を探す環境としては理想的ではないでしょうか。(正直、所狭しと本の並ぶ国立図書館や大学図書館の重々しい雰囲気には、しばしば圧迫感を覚えました。)ただ残念なことに、スコーダーガッセ館には読書室がありません。しかし、書架と書架の間に比較的大きな机と椅子が幾つも設置されているので、本を広げる場所に困るということはありませんでした。
 スコーダーガッセ館は、子どもの本の蔵書にもたけています。お母さんが乳母車を押し、館内を走り回ろうとするもう一人の我が子を嗜めながら本を探す姿など、何とも言えずほほえましいものです。絨毯の敷かれた子ども専用の読書プレイスでは、本を読み更ける子ども、幼い妹や弟に本を読んで聞かせる誇らしげな子どもの姿などが見受けられます。彼ら、彼女らを観察するのもまた、ブックハンティングに疲れた時には、憩いの一時です。 
 そうそう、この図書館、夏になると中庭に机と椅子が設置されます。こうこうと照りつける日差しの下、サングラスを掛けて読書に勤しむ市民の姿は、この図書館の夏の風物詩と言えるかもしれません。冬の厳しいウィーンでは、短い夏を思う存分楽しむがごとく、日焼けも気にせず日の光のもとへと人々の足は向かうのです。このような光景を目にすると、夏休みの最大課題である読書感想文のために(のみ!?)活字を追った子どもの頃のことを思い出したりします。当時我が家にはクーラーがなく、頁をめくる指は汗ばみ、顔から出た汗が本にぽとっと垂れる、なんてことがよくありました。
 目的の本を見つけ、市立図書館特有の光景を堪能し、貸し出し手続きをしにいざ受付へ。「そうだ、この前借りた本をまず返さなくちゃ」と、本を差し出すと、ビーッという音が。「延滞料金として シリング(約300円)頂きます」、なんてオチがつくのでした。(植田理恵)

「図書館の学校」TRC2000/10