児童文学この一冊

05.アメリカの夢(2)
上村令

           
         
         
         
         
         
         
     
 インディアンの少女アマナの世界に、初めて不吉な影が落ちたのは、十歳の冬のことでした。父が原因不明の病で苦しみながら亡くなり、次いで母やまわりの村人達も同じ病に倒れていったのです。村人達は噂しあいます―この病は、川の上の船からやってきたのだ、と。川の上の船に乗っていたのは、“新大陸”の夢に胸をふくらませた白人達でした。
 十九世紀の後半に北アメリカの北部に生まれたインディアンの女性アマナと、その家族の姿を描いた大作“〈幻の馬〉物語”(ハイウォーター作/金原瑞人訳/福武書店刊:89年5月現在『伝説の日々』『汚れなき儀式』が既刊)は、秀れた物語がみなそうであるように、人々にとっての「時代」というものを、鮮やかに映し出しています。
 大地を母とあがめ、自然の恵みに常に感謝し、歌い、踊り、儀式を行っていた人々にとって、白人の文明は想像を絶するものでした。
 恐ろしい病=天然痘の流行に続いて、火を吐く怪物=鉄道が、太古からの道をずたずたにして走り始めます。ついで、秘密と知恵を与えてくれた獣、バッファローが、白人に追われて姿を消し、飢えの冬がやってきます。飢えを避けようと土地を手離す条約にサインをしたのが、次々と条約が破られるに及んで、始めは白人を受け入れようとしていたインディアン達も抵抗を強め、対立は激化します。そして、白人のインディアン圧迫の象徴的なできごととして、ウーンデッド・ニーの虐殺(無抵抗の女性や子どもを含む数百人のスー族が殺された)が起こるのです。
 これは子どもの本ではありませんが、『ブラック・エルクは語る』(ナイハルト著/弥水健一訳/社会思想社刊)の中で、スー族の聖者ブラック・エルクが、このできごとをこんな風にふり返っています―「…あのとき血にまみれた泥の中で死に、雪嵐の中で葬られたものは、彼らだけではなかったのだ…一つの民の夢が、あそこで死んだのだ。それは、美しい夢だった。」と。白人達が「アメリカン・ドリーム」を追求した陰に、滅びの道をたどったもうひとつの「アメリカの夢」があったのでした。
 けれどブラック・エルクは最後まで人々が聖なる木の下に再び集う日が来ることを祈り、年老いたアマナは孫息子を抱いて叫びます―「この子に私達の思い出と夢を全部与えよう。私達はこの子の中に生き続けよう」と。
 実際、こうした祈りに応えるかのように、インディアン達の夢は甦り続け、今ではアメリカ文明の中にある位置を占めているようです。〈幻の馬〉の著者ハイウォーター氏は「私がそのアマナの孫なのです」と打ち明けてくれた後、こんな風に話してくださいました。―インディアンの文化を愛するインディアンの子が一人でもいるなら、その子の中に全てが生き残ることでしょう。夢を生かし続けるのは愛の力なのですから―(続く)
福武書店「子どもの本通信」第7号  1989.5.20
テキストファイル化富田真珠子