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十二歳になった日、シモーネはかあさんと引越しをしました。かあさんの恋人のイングベと暮すために。もともとこの引越しが気にくわなかったシモーネは、かあさんが愛犬のキルロイを忘れてきたことに気づいて爆発してしまいます。ところが、引越し先で待っていた‘たまらない’ことは、これだけではありませんでした…。 『おばかさんに乾杯』(スタルク作/石井登志子訳/福武書店刊)は、十二歳の女の子の気持ちを、周囲の人たちとの関わりを通して、生き生きと描いています。腹が立って、思ってもいなかったことを言ったりしたりしてしまう時の気持ち。自分がどうなってしまうんだろうと不安でたまらなくなる気持ち。気になる男の子にどう対していいかわからず、とまどう気持ち‥。 そんなゆれるシモーネを、まわりの人たちはごく自然に受けとめます。ごく自然に、というのは、シモーネに気をつかって自分のやりたいことをやめたりはしない、ということです。絵描きで家事は苦手なかあさんは、キルロイを忘れてきたことを謝り、一所懸命捜してはくれますが、またすぐ絵に夢中になってしまいます。もっさりしているためにシモーヌに嫌われているイングベも、それなりに心配して、新しい仔犬を買ってきてくれたりします―もちろんシモーネとしては、新しい犬をもらってもキルロイをあきらめるわけにはいかないのですが。そして、自然な死を望んで施設をぬけ出してきたおじいちゃんは、あくまで自分らしい死を迎える準備をしながら、シモーネに語りかけます…「人間はつまらん利口者と愛すべきばか者がいる。わしもおまえのかあさんも、そしてどうやらおまえも、愛すべきおばかさんなんじゃ」 『カレンダー』(ひこ・田中作/福武書店刊)の主人公、中一の翼はばあと二人暮らし。物語は、ばあが初めて自分のやりたいこと=一人旅を実行した日に始まります。るす番をしていた翼は、行き倒れのカップル、海と極()に出会います。この二人や、ばあと離婚して出て行ったじいや、初めてのBF林との関わりを通して、翼はさまざまなことを感じ、考えていきます。「…なんだか今は、わかることよりわからないことの方がどんどん多くなる。私はもっと賢くなりたい」 「成長」というのが、ひとつずつ順に「わかること」が増えていく、という図式でとらえられることが多い中で、この十三歳の実感は貴重です。わからないことが増えるからこそ悩み、時には荒れるのがこの十代の前半なのではないかと思うからです。 でも、やがて翼は自分で少しずつ「わかって」いきます。病気で倒れて眠るばあを見て、「ばあはばあをやめてる。ただのアキコはんや」と気づいたり、自分が死んだ父母のことをだれにも尋ねられずに、でも本当は知りたいと思っていたと気づいたり…。 「こうあるべき」という思いこみを離れ、自分のやりたいことや内心の声に素直になった時、大人も子どももより自由に、楽になれるのではないでしょうか。
福武書店「子どもの本通信」第24号 1992.4.10
テキストファイル化富田真珠子 |
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