あとがき

『われらの時代のピーター・パン』(上野瞭 晶文社 1978/12/20)

           
         
         
         
         
         
         
    
 今世紀のはじめ、イギリスのひとりの作家が、きわめてユニークなキャラクターを創りだした。
 住所を聞かれると、「右へまがって、2つ目の横丁、そこを朝までまっすぐ」と答える人物である。うぬぼれ強くて生意気で、生まれたその日から家出して、ケンジントン公園で妖精たちと住んでいた子ども。
 「おまえは誰だ、何者だ」と聞かれると、
 「若さだ、喜びだ、卵の殻を割ってとびだした小鳥だ」と答える存在。
 いうまでもなく、これは、ジェイムズ・マシュー・バリーの創りだした「永遠に大人にならない子ども」ピーター・パンのことなのだが、わたしがこの評論集の表題にピーター・パンを持ちだしたのは、ほかでもない。児童文学作家といい、絵本作家といい、また漫画家といい、子どもの本に関わる大人は、それぞれがじぶんの中にピーター・パンを住まわせている人たちではないかと考えたからである。
 たとえば、バリーの右の物語『ピーター・パンとウェンディ』(1911年)には、おしまい近い個所につぎのような言葉がある。ピーター・パンといっしょに、ネバーランド(決して存在しない国)でさまざまな冒険を体験した子どもたちが、それを忘れていく部分である。
 「子どもたちは、1週間と学校へいかないうちに、島から出てきてしまったなんて、なんとじぶんたちは、とんまだったんだろうと気がつきました。けれども、もうあとのまつりです。そして、まもなく、かれらは、あなたがたや、私や、そこらの子ども同様、ごくありふれた人間におちついてしまいました。この子たちが、だんだんに空中をとぶ能力をうしなったとお話ししなければならないのは、残念です」(福音館版・石井桃子訳より)
 かつて子どもだった多くの大人は、おおむね、この物語の子どもたちのように、空想の中に垣間見た自由な人間の在り方を忘れていく。便宜上、人間のつくった社会の仕組みの中に、じぶんをあてはめていくことを「成長」だと考えるようになる。
 子どもの本に関わるということは、大人でありながら、実はこの物語のいうネバーランド、あるいはピーター・パンの存在をじぶんの中に持ち続け、それを介して、人間の自由や可能性を探り続ける営みといえるだろう。その意味で、わたしは、現代における子どもの本の書き手たちを、あえてピーター・パンと呼んでみたのだが、もちろん、こうした比喩は、書き手たちだけにあてはまるものではない。児童文学作品なり、絵本なり、漫画なりの読者であるあなた。また、わたしのこの本を手にとる読者。だれもがピーター・パンなのだと考えている。生まれながら、大人だったものはひとりもいない。そのことを忘れてしまった大人は多いとしても・・・・・・。
 この本のおしまいに、「イーヨーの灰色の思い」という一文を収めた。イーヨーは、いうまでもなくA・A・ミルンの『くまのプーさん』に登場するロバである。いつもペシミスティックである。ここでいうイーヨーは、わたしの戯画だと考えてもらえばいい。この中で記した「じいさま」は、これを書いている時点で昇天した。
 この本をまとめるにあたって、晶文社の原浩子さんにお世話になった。カバー絵を描いてくださった長谷川集平さんともども感謝するしだいです。  
 1978年12月

テキストファイル化山口雅子