岡真史詩集『ぼくは12歳』(筑摩書房)

 書評すべくページをめくったぼくは、いま、書評を放棄して、痛切の思いをこめて、この本の著者、享年12歳9ヶ月の岡真史君の霊に心から哀悼の辞を捧げる。
 この本の広告を見たとき、ぼくは甥の友だちで、きみと同じ年齢で死を選んだひとりの少年のことを思い出していた。世間的には、かなりめぐまれた家庭の少年であった。彼の親友であったぼくの甥だけが、その死の秘密を知っていた。周囲のりっぱなおとなたちが、彼を満身創痍にしていた。そのことを思い出しただけで、きみはぼくにとっては、まだ遠い存在であった。書評を依頼された段階でも、僅かに近づいたに過ぎなかった。
 だが、この澄んだ、やわらかな心を熱くいっぱいにつめた詩集に目を通し始めたとき、きみはぼくにとって無縁の存在ではなくなった。そのひとつひとつの詩に描かれた自由な魂の飛翔の弧は、子どもの本の書き手であるぼくにとって、ジェラシィにも似た哀惜の念をまきおこさずにはいられなかった。だが、それは、きみの詩が、きみの死により「時間が過ぎ去ったから」、ご両親の手で、本にされ、そしていま、ぼくの手もとにあるからだろうか。現実にはそうなのだろう。けれども、この詩の心は、ぼくにとっては「時間が過ぎ去る」前から、咲いていたものだ。ぼくが知らなかっただけだ。いま、知らなかったことをいたみに思う。
 そして、それを更に決定的にしたことは、きみがぼくの作品にめぐりあった読者のひとりであったということだ。読書家だったというきみのことだから、恐らくは既に何百さつもの本を読んでいたことであろうし、ころによると、沢山の感想文を書いていたかもしれない。そして、たまたま、五点の感想文がここに収録され、たまたま、その五点の中のひとつが、ぼくの作品であったというにすぎないかも知れない。だが、きみはその感想文の中で書いている。
「ぼくがマサル(『頭のさきと足の先』主人公)だったら、やっぱり遠さかり、自さつしちゃうんじゃないかなあ。」
 きみはマサルのような荒っぽい生き方ができないと告白している。そうだ、きみの心はあまりにもデリケートで、あまりにも傷つきやすかったのだろう。にもかかわらず、
「最後に作者が、いったことば。これは本当にいいことばで、何かを教えてくれるようです。/少年よ、その足で大地をふまえよ!」
 とその感想文は結んでいる。もちろん、読者は読み違える権利を持っている。ぼくがそこのあとがきに書いたのは、自分の娘のことで、彼女が不自由な足で立っているのは、「はた目にはあぶなっかしくても、彼女自身はしっかりと大地をふみしめているつもりです」という形容でしかなかった。けれども、きみはそこから、一歩つっこんで、「少年よ、その足で大地をふまえよ!」と、自らの言葉を導きだした。そのきみが、

ぼくは
しぬかもしれない
でもぼくはしねない
いやしなないんだ
ぼくだけは
ぜったいにしなない
なぜならば
ぼくは
じぶんじしんだから

と書き置いて、そのからだを大空へなげてしまった。ぼくは大きくゆれたきみの心の軌跡をさぐりかねて、とまどい、苦しみ、とほうにくれている。恐らく、それは、ぼくが「きみじしん」になれないからだろうと思う。そして、なによりも「時間が過ぎ去ったから」おとなになってしまった故であろうと思っている。きみは死を選ぶ勇気と同じように、生きる勇気も持っていた。たまたま死を選ぶ勇気がほんのわずかであるが強かった。そのことについて、ぼくは何も言えない。それをいたむことしかできない。
 今、ラジオの深夜放送のTBS・パックインミュージックの林美雄が、きみの詩を紹介している。ぼくはいまにも泣き出しそうなぼくじしんをおさえて、耳をかたむけている。
 岡真史の霊よやすかれ 合掌

テキストファイル化内海幸代