<課題図書>はなぜ売れているか
日本の児童文学界には、いくつかの賞があります。児童文学の団体や、出版社などが主催するものなどで、それぞれ規定の年度内に出版された作品を対象とするもの、あるいは未発表の応募作品を審査する新人登竜門のようなものなどです。また、新聞社が主催するもので、出版文化賞といったものもありますし、児童文化全域にわたるもので出版部門に児童文学を対象としたものが、民間、官制とあります。けれども、これらのどの賞を受けたからといって、他の児童文学書に格段の差をつけて売れるというものではありません。
ところが、<課題図書>の場合は別で、この指定を受ければ、まず、間違いなく売れゆきを示すのです。
児童文学にかぎらず、作家にとって、自分の著書が多くの読者の手に渡るということは掛け値なしに喜ばしいことですし、どの作家もそうありたいと願っているに相違ありません。そういった意味で、児童文学界の長老ともいわれる大家が「児童文学者になったからには、一度は<課題図書>になるような作品を書くべきです」と、ある雑誌に書いていましたが、読者の獲得という面だけを強調するなら、無理からぬ発言だと思います。
著者にとって<課題図書>の指定を受けるということは、ただ単に、一時的に多額の印税収入があるという経済的な問題だけではありません。当然のことながら、それだけ多くの読者に名前が知られることであり、それにつられて、その著者の他の作品も読まれるということになります。
事実、今日、児童図書にかかわりを持つ人たちの間では「子どもの本を語る場合、<課題図書>問題と<政治性>の問題をよけて通ることはできない」といわれております。ここで、もう一度前へ戻りますが、一九六七年当事、私が編集者と児童図書ブームの問題で語り合ったことというのは、実はこのことでした(十七ページ参照)。
この<課題図書>とよばれるものの正式な名称は<青少年読書感想文全国コンクール・第三類課題図書>と言います。これを見てもわかるように、読書感想文のコンクールのための課題図書であり、感想文のための対象図書は、ほかに<第一類・自由読書>としてフィクション、<第二類・自由図書>としてのノンフィクションとがあり、辞典類、図鑑類、解説書類を除いたものなら、なにを読んで感想文を書いてもよいということになっています。
それなのに、どうして第三類の<課題図書>だけがクローズアップされるようになったのでしょう。この<課題図書>は勤労青少年の場合を除いて、小学校向け六点(これは低学年、中学年、高学年ということのようです)および、中学校・高等学校、それぞれの三点ずつ計十二点が指定されています。
コンクールの主催者側の当初の主旨では、初期のコンクールでは、小学校の場合、どうしても、<世界名作童話>とか<偉人伝>とかいったものばかりに応募感想文が集中するので、現代の作家の書いた、新しい本に目を向けさせることがねらいであったようです。その意味では、この主旨はじゅうぶん徹底し、また、その効果をあげてきたといえます。
このコンクールに参加する場合は、勤労青少年は別として、それ以外はすべて、学校単位で応募するきまりになっており、賞も個人賞と同時に学校賞が出るのですから、学校はもちろんのこと、地域の教育関係機関も熱心にこれを応援するわけです。
で、<課題図書>は感想文の対象の一部ということになっておりますが、その感想文を指導したり、学校単位の第一次選考をする先生方の立場からすれば、それぞれの生徒が第一類、第二類の<自由読書>の図書で感想文を書いた場合、いちいち、その図書にあたってみなければならず、とても指導しきれないので、<課題図書>一点ないし二点にしぼって、感想文を書かせたほうがやりやすく、感想文の優劣の判定もしやすくなるということがあります。
一般に、学校では夏休みの宿題として、読書感想文を書かせています。その際、先生方は、その図書名を示し、どの本を読んでもかまわないが、一応、<課題図書>はこれですという言い方をしたり、あるいはそれをプリントして子どもたちに渡します。それを見て、親は子どもが夏休みに本を読むというのですし、宿題でもあるということになれば、喜んで<課題図書>を買います。親にとっては子どもが本を読むということはうれしいことなのです。どうしてうれしいかなどと、やぼなことは言わないことにしましょう。まして、ふだん、テレビやマンガにしか目を向けていないお子さんだったりしたらなおさらのことです。
いずれにしましても、このコンクールが日本の創作児童文学におよぼした影響というのは大きなものだと言わざるを得ません。
ですから、今日、日本の児童文学が「花盛り」「隆盛」というようにいわれることは、児童文学本来の流れの中から導き出されたということもあるでしょうが、<青少年読書感想文全国コンクール>という、大規模な教育運動の行事によって、新しい市場を獲得することができた、児童図書出版事情の変動から導き出された現象であるとも言えるでしょう。
けれども、最近ではこの<課題図書>について、さまざまな論議がかわされるようになりました。というのは、この指定を受けた図書が、必ずしも、児童文学者からよい評価を受けるとはかぎらず、また、母親文庫の熱心な活動家から、実際に子どもたちの反応を見ると、もっとほかの指定を受けてもいい本があるはずだ・・・・といったような疑問が出されてきています。
また、出版社の側からは、どうして数ある図書の中から、十二点だけを指定するのか、そのわくを広げたほうが、読者運動として幅が出るだろうという意見も出されています。
それはそれとして、ここで見つめ直してみなければならないことは、この<課題図書>が注目され始めた時期と、日本の創作児童文学が「花盛り」「隆盛期」と言われだした時期が完全に一致するということです。
テキストファイル化山本実千代