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一 まずお詫び。 年明け早々、みっともない話題からであります。じつは前回のエッセイの内容について、ひこさんから次のようなメールがありました。 「金原さん 明けましておめでとうございます。 サイトの書き込み帳に、以下の指摘がありました。 DATE: 1月 2日(水)06時56分41秒 TITLE: 【児童文学評論】 No.48 あとがき大全 2001.12.25日号について NAME: 高橋誠 MAIL: hobbit.makoto@nifty.ne.jp http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=1682 を拝見して、発行者がひこ・田中さんだと知り大変びっくりしました。 > 別宮先生が「欠陥翻訳時評」で瀬田訳の『指輪物語』を取り上げ、誤訳を次々に指摘したのは有名だが、とありますが、『ホビットの冒険』の誤りです。また、この指摘にも数々のお粗末な事実誤認があります。 詳細は下記に纏めています。 <a href="http://homepage1.nifty.com/hobbit/tolkien/bekku.html">http://homepage1.nifty.com/hobbit/tolkien/bekku.html</a> また、その他の誤訳についてはとっくに修正されています。この辺の事実を無視して、このような文を配布するのはいかがなものでしょうか? 高橋誠 HOMEPAGE: http://homepage1.nifty.com/hobbit/ 高橋さんは、「トールキンの部屋」 http://homepage1.nifty.com/hobbit/tolkien/index.html を運営されています。 ひこ・田中」 高橋さんのご指摘の通りであります。この場でまず、お詫びを。 しかし一言付け加えさせてもらえれば、やはり『指輪』は「ですます体」の物語ではないと思います。それは『ナルニア』と読みくらべれば明らかでしょう。 トールキンが死んだのが七三年。二0二四年には著作の版権が切れるので、まだ日本で『指輪物語』が読み継がれているとしたら、きっと新しい訳がいくつか出ることでしょう。もしそのときまだ生きていて気力が残っていれば、「ですます体」でない『指輪』を自分の訳で出したいと思っています。高橋さんも根っからの『指輪』ファンのようですから、お送りしますので、 ぜひ読み比べて感想をお願いしたいと思っています。 二 翻訳について さて、翻訳家を志している人から、こんなことを聞かれることがある。 「いい訳書を原書とつきあわせて勉強しないさいとよくいわれるんですけど、どんな訳書を参考にすればいいんでしょう」。 ぼくはそんなことをいった覚えはないので、おそらくほかの翻訳家のかただろうと思う。というのも、どんな訳書がいい訳書なのか、自分自身よくわかっていないのだ。だから、そう聞かれてもちょっと答えに困ってしまう。 しかし、こういう訳書は参考にしないでね、という手の本はある。まずなにより、古い翻訳は参考にしないほうがいい。というか、しないでほしい。参考にするならなるべく新しい物を。なぜなら、翻訳の方法論そのものがずいぶん変わってきているからだ。とくに七0年代以降になると、「ひっくり返らないで訳す」のが常識になってきた。つまりそれまでは伝統的な漢文の訓読法をそのまま適用して「ひっくり返って訳す」のが普通だったのだが、それが逆転したのだ。 「ひっくり返らないで訳す」というのは、原文の言葉の順序をなるべく変えないで訳しましょうということで、考えてみればあたりまえ。ところが漢文を習った人なら知っていると思うが、日本の翻訳は奈良平安の時代からずっと、そうではなかった。そして今でも、日本の英語教育では「ひっくり返って訳す」読解法を教えている。だから翻訳家を志す人たちのなかでも昔ながらの訓読法にのっとって訳す人が多い。 べつに難しいことではない。"On a sunny day I met a beautiful girl whose name was Jane." を訳せというと、たいがいの学生が「ある晴れた日、私は、その名がジェインである美しい少女に会った」と訳す。しかし英語は、「ある晴れた日、美しい少女にあった。その子の名前はジェインだった」となっているから、そう訳しましょうという、ただそれだけのことだ。しかしついこないだまで、後ろからひっくり返って訳した本がずいぶん多かったし、いまでもそういう本が少なくない。そのくらいどちらでもいいんじゃないかと思う人が多いかもしれないが、そうではない。 たとえば、次の英語を訳してみてほしい。 "The east side of Carlingford Road lay in deep shadow when Kincaid drew the Midget up to the curb. He rolled up the windows and snapped the soft top shut, then stood for a moment looking up at his building." 「キンケイドがミジェットを道路脇にとめたとき、カーリンフォド・ロードの東側はすでに夕刻の濃い影に覆われていた。彼は車の窓を閉めて、柔らかい幌のボタンをとめると、車の横に立って自分の家を見上げた」と訳していはいけない。 しかし長年、翻訳を教えてきた経験からいうと、百人中九十九人までがこう訳す。"when" という接続詞があると、どうしても前後をひっくり返って訳したくなってしまうらしい。 正しくは次の通り。 「カーリンフォド・ロードの東側はすでに夕刻の濃い影に覆われていた。キンケイドはミジェットを道路脇にとめた。車の窓を閉め、柔らかい幌のボタンをとめると、車の横に立って自分の家を見上げる」(西田佳子訳『警視シリーズの第二巻(?)』) 作者の描いているイメージをそのまま追っていくと、「(1)カーリンフォド・ロードの東側。(2)キンケイドが車をとめる。(3)窓を閉めたりして車から外に出る」という順番になっている。つまり、カーリンフォド・ロードの東側の描写がまずあって、そのあとはずっとキンケイドを追っているわけ。これを「(1)(3)(2)」の順番で訳すと、その流れが乱れてしまう。 次の例になると、ひっくり返すと誤訳になってしまう(ちょっと英語が難しいので、興味のない方は飛ばしてください) "Arthur, Kay, Bedwyr and Baldwin: the heroes of their age and the architects of the age to come. Already they had begun to be figures of legend, growing vaster and more splendid even as the details of their wars faded from memories long accustomed to peace. The young squres peacocking among the daughters of the provincial gentry had not been born on the day Bishop Baldwin set the crown on the head of Arthur the Young..." とくに前半の部分、ほとんどの人がこう訳したがる。 「アーサー、ケイ、ベドウィア、ボールドウィン。当代の英雄であり、来るべき時代を切り開く者たち。平和が長くつづくにつれて、四人がいくさで立てた手柄の細かい部分は人々の記憶からうすれていったが、四人はすでに伝説的な人物になり始め、その名声もますます偉大で輝かしいものとなっていった」 "even as" とか "even though" があるとどうしてもひっくり返りたくなるのが日本の英語教育である。しかしここの部分は絶対にひっくり返ってはいけない。次のように訳さないと以下の部分につながらない。 「アーサー、ケイ、ベドウィア、ボールドウィン。当代の英雄であり、来るべき時代を切り開く者たち。四人はすでに伝説的な人物になり始めていた。四人の名声はますます偉大で輝かしいものとなっていったが、平和が長くつづくにつれて、四人がいくさで立てた手柄の細かい部分は人々の記憶からうすれていた。今、地方の名士の娘たちのあいだを精一杯見栄を張って歩き回っている若い従者たちは、ボールドウィン司教がその昔、若きアーサーの頭に王冠を載せたときにはまだ生まれてもいなかった」(斎藤倫子訳『五月の鷹』) ここで例に使わせていただいた西田さん、斎藤さんの翻訳したものなら自信を持って勧めることができる。誤訳が少なく、訳文もこなれていて、仕事もていねいだ。 また作家は、読者が読み飛ばしてしまうようなところにまで気をつかっていることが多い。たとえば、どこで段落を変えるか、段落の最初の一文はどうするか、段落をしめくくる最後の一文はどうするか……。 たとえば次のような場合。 「ベッキーは農場の柵戸に腰かけ、イワツバメがいないかと、すきとおった薄青色の秋空をみあげていた。暑い日がつづいているので、イワツバメも旅立つのをおくらせて、この時期でものこっているかもしれないと思ったからだ。 『夏も終わりね。』 ベッキーはつぶやいた。その言葉にはどこかせつないような響きがあった。なにかにせきたてられ、イワツバメといっしょに、太陽を追いかけて南へ飛んでいってしまいたい、そんな気持ちがこめられていた。 "Summer's end. The end of childhood too: this September Lizzie and Jenny had gone back to school in their pinafores and sun bonnets without her."」(金原瑞人訳『幽霊の恋人たち』) この英語の部分を朗読する場合、だれでもきっと"without her" の前で一呼吸置くと思う。この段落のしめくくりである "without her" はうまく主人公ベッキーの気持ちを表していて、とても効果的なのだ。だからここを、「リジーとジェニーは、ベッキーを置いて、エプロンドレスを着て日よけの帽子をかぶって、また学校にかよっている」と訳してしまっては、それこそ身も蓋もない。この文は、「リジーとジェニーがまた学校にかよいはじめた」ということをいいたいのではなく、「ベッキーはもういかなくなった」ということをいいたいわけで、それがこの段落のしめくくりになっているのだから。 「夏の終わり。それは子どもでいられた日々の終わりでもあった。九月になって学校がはじまり、リジーとジェニーはエプロンドレスを着て日よけの帽子をかぶり、また学校にかよっている。でも、ベッキーはいかない」(「九月になって学校がはじまり」の「学校がはじまり」という部分はこちらで勝手に補った部分で、「新しい学年がはじまり」のほうがいいかもしれないと、反省してるところ) もちろん、英語の語順そのままに日本語に移すのは無理で、どこかでひっくり返ったりしないわけにはいかないけど、なるべくひっくり返らない方がいい。そして場合によっては、ひっくり返ると思わぬ誤訳につながることもある。 ついでにもうひとつ。 "She was remembering a page of unfinished homework left on the kitchen table beside a vase of wilting marigolds. Or nasturtiums. Or daisies." これを「彼女は、キッチン・テーブルのしおれたマリーゴールドの花瓶の横にあった、やりかけの宿題のページを思い出した」と訳すとあとが続かない。次のように訳す。 「彼女は思いだしていた。キッチン・テーブルの上にはやりかけの宿題のノートが広げてあって、その横の花瓶にはしおれたマリーゴールドがいけてあった。いや、あれはキンレンカだっただろうか。いや、デイジーだったかもしれない」 "marigolds. Or nasturium. Or daisies." の三つの花は続いていないと話にならない。 最後にごく簡単な例をあげると、"Any man can travel light until he has a wife and childre." は「妻子を持つまでは誰でも身軽に旅行ができる」と訳すほかないが、"He ran on and on until he was completely tired out." という文は「彼はへとへとになってしまうまで走り続けた」と訳すか「彼は走り続けて、へとへとになってしまった」と訳すか、それは文脈によるということ(二文とも「ランダムハウス」の例文)。 だからどうしてもひっくり返らないと訳せないとか、日本語が変になるというとき以外はなるべく原文の流れにそって訳したほうがいい。 そういう意味では昔の翻訳は参考にならない。たとえば石井桃子は、原文の一言一句をおそろかにせず、それを見事な日本語に訳しているという点では理想的な翻訳者だと思う。当時の児童文学の訳者のなかで石井桃子ほど仕事がていねいで、英語が読めて、日本語の表現力に富んだ訳者も珍しい。が、時代の枠から抜け出すことはできなくて、どうしても後から後からひっくり返る訳文になっている。とても残念だ。 とにかく原文のイメージの流れをそのままに。 もし参考にしようと思っている翻訳を原文とつきあわせてみて、前後があまりに逆転しているものだったら、参考にするのをやめたほうがいい。いや、原文とつきあわせるまでもなく、訳文を読むだけで、ある程度わかるけど。 三 昔のことと「あとがき」のこと 福武書店や佑学社の翻訳をしたりしているときのこと、あかね書房の編集をしていた金原さん(同姓です)から、翻訳やりませんかという話があった。喜んでとお答えしたら、「じゃ、企画会議にかけてみます」ということだったけど、残念ながら企画は通らなかったらしい。それからしばらくして今度はやはりあかね書房の編集者だった三浦さんから翻訳のお誘いがあった。ベッツィー・バイアーズの『18番目の大ピンチ』を訳さないかとのこと。早速原書を読んでみたところ、これが楽しい……というわけで、これがあかね書房とのつきあいのきっかけになった。『のっぽのサラ』なんかを除くと、それまでヤングアダルト向けの本を訳すことが多かったが、このときから小学生向けの翻訳も増えていく。 そのあとあかね書房の仕事は、『マクブルームさんのすてきな畑』『マクブルームさんのへんてこ動物園』『ゆうかんなハリネズミ マックス』『トラねこマーチン ネズミをかう』『ポピー:ミミズクの森をぬけて』『ポピーとライ』と続く。『ポピーとライ』からは編集が重政さんに変わる。というわけで、今回はその前までの本のあとがきを。また『マクブルームさんのへんてこ動物園』は、長滝谷さんのあとがきも入ってます。 訳者あとがき 『18番目の大ピンチ』 かんたんにいってしまうと、これは弱虫ノビ太といじめっこジャイアンの話です。そう、主人公のベンジーがノビ太。ベンジーは、あることからハマーマンというでっかくて乱暴な同級生(何回も落第してるから、年もずいぶん上)につけねらわれるはめにおちいって、逃げまわるのですが、学校にいかないわけにはいかないし。つかまってボコボコにされてしまうのは時間の問題。さて、どうなることやら。 ところがベンジーにはドラえもんがいません。だいの親友のエジーも、相手がハマーマンとなると、あまりあてになりそうもないし、お父さんは長距離トラックの運転手でほとんど家に帰ってこない。お母さんは、このピンチをちっともまじめに考えてはくれないし……。 だれでも、大人になるまでに、いや、大人になってからも、何度かこういうピンチにおちいることがあるはずです。そんなときどうすればいいのか。もちろん答えなんかあるはずがありません。そのときそのときで、その答えは変わってくるはずですから。 ベンジーは最後の最後に、このピンチを脱出します。考え、なやんだあげく、自分で解決の方法をみつけるのです。 どうやって解決したか、それは、読んでのお楽しみ。 読みおわったら、きっと元気がでるはずです。そう、むちゃくちゃ元気がでます。そして、いい本読んだぞと思うにちがいありません。 これは、ピンチにおちいったことのあるきみのための本だし、ピンチにおちいっているきみのための本だし、これからピンチにおちいるかもしれないきみのための本――そう、ドラえもんのいないきみのための本なのです。 ケイ・ウェブという子どもの本の名編集者がいて、自分が手がけたぼうだいな数の本のうち強く印象に残ったものを五十冊紹介した『この本が好き』という本を書いています。そのなかでウェブは、この『18番目の大ピンチ』を取り上げて、とことんほめています。 とにかく、めちゃくちゃ困ってるベンジーがとてもよくかけているし、なにより、全体にユーモアにあふれています。絶体絶命のピンチのことばかり書きましたが、なんにでも矢印をかきこみたくなるベンジーや、お調子者のエジーや、ハラペコ犬の『ペコ』や、変な先生たち……。まあ、これも読んでのお楽しみです。 『18番目の大ピンチ』は、ほんとうの意味での「子どものための子どもの本」なのだと思います。 さて、作者のベッツィー・バイアーズについて少し紹介しておきましょう。 バイアーズは一九二八年生まれのアメリカの女性の作家です。すでに二十冊以上の作品を書いていて、七〇年に書かれた『白鳥の夏』はアメリカでもっとも栄誉ある児童文学賞、ニューベリー賞を受賞しています。この本は日本でも翻訳がでていますので、ぜひ読んでみてください。 最後になりましたが、なにかにつけてアドバイスをくださった編集の三浦さんと、原文のつきあわせをしてくださった斉藤さんに心からの感謝を! 一九九三年 三月二十三日 金原瑞人 訳者あとがき(『マクブルームさんのすてきな畑』) 去年の夏、仕事でアメリカのテキサス州にいってきました。テキサスというのはめちゃくちゃ暑いところで、日中の最高気温は四十度をこすくらい。青い芝生がみるみる茶色くかれていきます。そのテキサスのみやげ物売り場で、おもしろい絵はがきをみつけたのです。一枚は、角のついたウサギ、つまりツノウサギの絵はがきで、もう一枚は、珍しくテキサスの平原が雪におおわれた写真の絵はがきです。店の人に、「テキサスにはこんなウサギがいるの?」とたずねたところ、こっそり、こんな答えがかえってきました。 「ツノウサギっていうのは、テキサス州の保護動物で、つかまえちゃいけないことになってるんだが、おれはうちに三匹飼ってるんだ。めすが二匹いるから、よかったら一匹、売ってもいいぜ。百ドルでどうだい?」 するとすぐそばにいた女の人がぼくに、「だまされちゃだめよ。この人のツノウサギはにせものなんだから。ほんものは、十年に一度みつかるかみつからないかなの」といってウィンクしたのです。 ぼくはそのあと日本に帰るまで、会う人ごとに、「ツノウサギはどこにいけばみられるのか」とたずねました。返事は「いやあ、残念だったな。××××動物園にいたんだが、ついこないだ死んでしまったらしいよ。でも剥製が残ってるはずだから、みにいけば」とか「なんだ知らなかったのかい。ツノウサギは絶滅しちゃったよ。最後の一匹は、『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の四作目を制作中に、ジープにはねられて死んだそうだ」とか、人によっていうことがまったくちがうのです。 これには、ぼくもこまってしまいました。まあ、テキサスの人というのは、口ぐせのように「テキサスはアメリカよりも大きい」なんていってますから、あまりあてにはならないのかもしれませんが。 で、フライシュマンもテキサスの人かって?いえ、残念ながらニューヨークのブルックリン生まれです。だけど、いわゆる西部開拓時代の雰囲気が好きで、西部名物のほら話や冒険物語が大好きで、言葉は自分にもってこいの遊び道具、だそうです。フライシュマンが、マクブルームのシリーズをたくさん書いているのも、うなずけますね。 一日に三度くらい収穫のできる、ばかばかしいほど豊かな一エーカーの畑を持っているマクブルームさんの話、もともとはこれひとつだけの予定だったのだそうですが、一度書いて癖になったのでしょうか、ライフルの銃身も簡単に曲げてしまう大風の話、すべてを食べつくすイナゴの大群の話と続きました。これら三つをまとめたのがこの本です。 さらにそのあとも、影も地面にこおりついてしまったきびしい冬の話、牛が粉ミルクをだすようになった日照りの話などができていきます。 次から次に奇想天外な物語を作り上げるフライシュマンさん、頭の中にアイデアがぎっしりつまっているように思えますが、本人は「いつも天井をにらんでいる」といっています(これも、ほらかな?) 最後に、訳についてひとこと。ある意味で、今までにこれほど苦労した翻訳はありません。いったい、何度、訳しては破り、訳しては破りをくりかえしたことか。今年の八月、ある新聞に「府中市の可燃ゴミ十%贈・原因不明」という記事がでましたが、これはぼくのせいです。清掃局のみなさん、申し訳ありませんでした。どうやっても、原文のあの調子のよさと力強さ、そして、あのとぼけた感じ、これがどうしてもでなかったのです。ところが、思わぬところから救いの神が現れました。翻訳学校でこの原文をテキストに使ったところ、長滝谷さんが大阪弁で訳してきたのです。ぼくは思わず「これだ!」とさけんでしまいました。というわけで、ぼくが標準語に訳したものを、長滝谷さんにさらに大阪弁に訳してもらいました(このときほど方言の持つ魅力をかんじさせられたことはありません)。 そしてできあがったのが、この本です。正しくは、標準語訳・金原瑞人、大阪弁訳・長滝谷富貴子とするべきかもしれません。 最後になりましたが、いつもながら大奮闘の編集者、三浦さん、それから大活躍の長滝谷さんに、心からの感謝を! 一九九四年 十月二十三日 金原瑞人 訳者あとがき(『マクブルームさんのへんてこ動物園』) 長滝谷富貴子 「正直者」マクブルームさんのありのままにお話、いかがでしたか? ×雪どけの季節になるとすがたをあらわす、物まねじょうずなゆうれい。 ×体重が一キロ以上もあるような蚊の大群。 ×めったにお目にかかれない、めずらしい動物たち。 どーんと広いアメリカの大平原を舞台にくりひろげられる、マクブルームさんのお話の作者、シド・フライシュマンさんは、このシリーズを一九六二年に書きはじめて、一九八四年まで十さつも書いています。ほかにも、この手の作品を何さつか書いていて、それがなかなか味わいがあっておもしろいので、「ほら話の達人」ともいわれています。でも、ほら話以外にもいい作品がいっぱいあるので、「お話作りの名人」といったほうがふさわしいでしょう。 息子のポール・フライシュマンさん(この人も子どもの本の作家です)が、「父は、作品をタイプで打ちあげるとすぐに、ぼくたちに読んできかせてくれました」といっています。子供たちが「そこは、こうすれば」なんて意見をいっても、ちゃんと聞いてくれたそうです。ときには、その提案が作品のなかにとりいれられることもあって、そんなときはうれしくてたまらなかったそうです。この本のお話も、そんなふうにしてできあがったのでしょうね。 ところで、二番面のお話にでてくるアカショウビンについてひと言。すでにお気づきの人もいるかと思いますが、表紙の鳥は黒いろなんですよね。じつは、原文では「キバシカッコウ、別名レインクロウ(雨を予告する鳥)となっていて、アメリカでは、「これが鳴くと雨がふる」といわれているそうです。でも日本語訳でレインクロウをそのまま使ってもおもしろくないので、鳴き声が雨の前ぶれになる鳥をさがしてみました。そしてアカショウビン(ちゃんと雨乞鳥という別名までもっている!)に、この大役をはたしてもらったというわけです。色のちがいについては目をつぶることにして。 大阪弁は読みづらくなかったでしょうか。できるかぎり、通じる大阪弁を使うように心がけたつもりです。方言のよさや味わいがでていればいいのですが……。 最後になりましたが、こんなに楽しい本を共訳で訳すチャンスをあたえてくださった金原先生、ありがとうございました。編集の三浦さんには、いいつくせないほどお世話になりました。ほんとうにありがとうございました。 金原瑞人 「きのう雨がふっただろ。うちのワンちゃんがずぶぬれになっちゃってさ、かぜをひくんじゃないかと心配になって電子レンジに入れたんだ。それで三分ほどチンして出してみたらホットドッグになっちゃってた」 何年かまえにアメリカではやったジョークです。 アメリカ人はユーモアのあるジョークが大好きで、酒場でも気のきいたジョークをいくつか知っていると、ただでお酒が何ばいか飲めるくらいです。 じつは今アメリカ西海岸のサンフランシスコにいるのですが、このまえハロウィーンのお祭りがありました。これはみんなが仮装して楽しむお祭りで、フランケンシュタイン、ドラキュラ、シンデレラ、ピノキオ、白雪姫、歌舞伎役者、恐竜など、いろんな格好をしていろんなメーキャップをして集まります。集まってどうするかというと、ただぶらぶら歩くだけ。でも、それぞれに凝っていて、まわりをながめているだけでじゅうぶん楽しいお祭りです。今年サンフランシスコのカストロという地下鉄の駅のまわりは、三十万人ほどの人出でにぎわいました。 なかでもおもしろかったのはプチプチおじさんでした。あの、プチプチって知ってますか。ビスケットの缶に入ってたり、こわれ物を包んであったりするビニールのプチプチなんですけど。あれを体にぐるぐるまいたおじさんが、まじめな顔で通りを歩いているのです。そしてそのうち、一メートルほどの幅のプチプチを道にしきはじめました。全部で三十メートルくらいはあったでしょうか。するとまわりの人たちも、わいわいさわぎながら、その上で足ぶみを始め、パチパチパチパチとすさまじい音が響きわたりました。 ううむ、これもアメリカ流のユーモアか、と変に感心してしまいました。 マクブルームさんとはまったく関係がないのですが、とにかくアメリカ人はユーモアが好きです。でも、日本人もユーモアが好きですよね。落語も漫才も、それからコマーシャルも、ユーモアがいっぱいつまってます。こないだ、あるアメリカ人が日本のテレビのコマーシャルをみて大笑いしてました。 かたくるしい話はおいといて、マクブルームさんの「ほんまの話」をぞんぶんにお楽しみください。 また今回は、前回に大阪弁訳で大活躍してしてくださった長滝谷さんとの共訳の形で訳してみました。いっそうこくのある大阪弁にしあがったと思っています。長滝谷さんに感謝、感謝。それからいつもながら、ぴしっと気のきいたアドバイスをくださる編集の三浦さんにも感謝を。 一九九五年 十二月 訳者あとがき(『ゆうかんなハリネズミ マックス』) マックスくんの大冒険、いかがでしたか。 さんざんな目にあいながらも、ハリネズミが安全に道路をわたる方法をみつけるためにがんばるマックスくん。なかなか、すごいやつではありませんか。 ん? それより、マックスくんの変な言葉がおかしかったって? なにしろ、ハネリズミ、ですからねえ。 そうそう、マックスくんの変な言葉は訳すときに、苦労したんです。楽しんでもらえたかな。ちょっと、しんぱい。 それから、マックスくんのまわりにいる人たち、いや、ハリネズミたちも、それぞれくせがあったりして、いいと思いませんか。おとなりさんのドッグフードをしっけいしにいくお父さん、ずいぶん話がわかって、たよりがいのあるおとなりさん、それにアサガオ、アジサイ、アマリリス……。 ユーモアたっぷりのお話です。まだの人もぜひ読んでみてください。 ぜったいに、おもしろいから! ところで、作者のディック・キング=スミスさんの紹介をしておきましょう。いま、イギリスで子どもむけの動物ものを書かせたら、右にでる作家はいないといっていいくらい、うまい人です。最初、キング=スミスさんの本を読んだとき、あまりにイキがよくて、楽しいのにびっくりしたことをよくおぼえています。それに、でてくる子どもたちも生き生きしていて、そうだそうだ、このごろの子どもって、こんなかんじだよな、と感心したものです。というわけで、キング=スミスさんというのは、若い作家にちがいないと思ったのですが、こないだ写真をみてびっくり。 なんと、一九二二年生まれ、もう七十をすぎているのです。 戦争にもいっているし、そのあとはなんと、畑をたがやしていたのだそうです。それも二十年間も! おそらく、まわりにはたくさんの動物がいたのでしょう。イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ニワトリ……。そういえば、まだ日本語に訳されていませんが、キング=スミスさんの書いた本のなかに、英語をしゃべるニワトリのお話もあります。 そして、二十年のあいだ農業にたずさわったのち、地方の小学校の先生になります。そこで教えているうちに、子どもっていうのは、ほんとうにお話が好きなんだなあと思って、本を書くようになったそうです。 本を書くようになったのがおそかったせいか、タイプを打つのが下手みたいで、午前中下書きをして、午後、それをタイプするそうです。それも、指一本で(ふつうは両手の指全部を使うのですが)。 そういえば、「なぜ、子どもの本を書くのですか」という質問に答えて、こんなふうにいっています。 「とくに子どもの本を、って思ってるわけじゃないんですけどね。みんなに楽しんでもらえればいいと考えているんです。子どもでも、お父さん、お母さんでも、いや、おじいさん、おばあさんでも。それに、ファンタジーっていうのが好きなんですよ。自由にあれこれできるでしょう。たとえば、動物にしゃべらせたり。それから、子どもたちがどんなお話をおもしろいと思うか、わかるような気がするんです。わたし自身、子どもっぽいところがありますから(子どもじゃないですよ、もちろん)。」 さて、フランス、オランダ、ドイツ、スペイン、スウェーデン、それから日本でも翻訳されて大人気のディック・キング=スミスおじさん、これからどんな本を書いてくれるの か、おおいに期待したいと思います。 最後になりましたが、今回大活躍の編集者、三浦さんにはとてもお世話になりました。心からの感謝を!(これからもよろしく) 一九九四年 三月四日 金原瑞人 訳者あとがき(『トラねこマーチン ネズミをかう』) 「そうだ、母さんは、人間はペットをかって、かわいがるっていってたっけ。ウサギを食べるけど、ペットにすることもあるっていうじゃないか。だったら、ネコだってネズミを食べるけど、ペットにすることだって……」 というわけで、トラネコのマーチンはネズミをかうことにします。 ううん、へんなネコですね。そのせいで、お兄さんやお姉さんからばかにされるし、お母さんからはつめたい目でみられるし、そのうえ、ネズミをかうのはあれこれ、たいへんなことがたくさんあって、さんざんな目にあうのですが、マーチンはめげずにがんばります。 そう、「ふつうのネコ」じゃないために、マーチンは「ふつうでは考えられないようなピンチ」に立たされたり、「ふつうでは考えられないようなはめに」おちいるのです。 しかし「ふつうのネコ」って、なんなんでしょうね。「ふつうの男の子」とか「ふつうの女の子」って、なんなんでしょう。だれだってほかの人とちがったところがあるし、ほかの人とちがった感じ方をしているんじゃないでしょうか。そしてその「ほかの人とちがったところ」こそが自分なのかもしれません。 「ぼくはふつうじゃないかもしれない」とか「わたしはへんなのかもしれない」と思っている人は、じつはまわりに数えきれないくらいいるのです。いえ、「ふつうの人間」なんて、どこにもいないのかもしれません。 でも、自分らしく生きるのはたいへんなことです。そう、自分らしく楽しく生きるにはエネルギーがいるのです。それはマーチンのユーモラスなかつやくを読めば、よくわかるでしょう。ですが、そこでぐっとふみとどまって、自分らしい自分を大切にして生きていけば、きっと道はひらけます。そしてかけがえのない仲間もできるでしょうし、まわりのみんなもそれをみとめてくれるようになるはずです。 マーチンはこういいます。「ぼくは、ふつうのネコじゃないんだもん」 自分らしく生きたいと思っているきみ、これはきみのための本です。 最後になりましたが、いつもながら適切なアドバイスをくださる三浦彩子さんに、心からの感謝を。 一九九六年 四月十八日 金原瑞人 四 あとがきの追加 あかね書房からはこのあとマクラクランの『海の魔法使い』が出たけど、これは短いので、あとがきなし。というわけで、ここで、あとがきを書いてみよう……と、ここまで書いたところで、ゼミ生の卒業制作(うちは創作のゼミなので、小説か戯曲)が十人分届いてしまった。十人ともほぼ、原稿用紙で三百枚以上書いていて、合計三千枚以上。来週、卒論面接があるので、それまでに読まなくちゃ……というわけで、『海の魔法使い』のあとがきは次回にまわします。ごめんなさい。 ただひとつだけ。この作品、タイトルは「All the Names of Baby Hag」。読んでの通り、短編です。たまに「原文で読んでみたいので、原書のタイトルを教えてください」というお問い合わせがあります。しかし残念ながら、原書はかなりまえに絶版になっています。そもそもこの短編は、ジェイン・ヨーレンが編集した『Dragons & Dreams』というファンタジーの短編集のなかの一編。単行本では出ていません。 おそらくこの作品が今でも書店で買って読めるのは日本だけでしょう。だからなんだ、といわれると困るけど、なんとなく楽しいと思いません? 本国アメリカでも絶版で手に入らない本のなかの一編が、日本で一冊の本になって、それも中村悦子さんのかわいい挿絵つきで読めるなんて。 ☆それでは次号で! |
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