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1.近況報告、およびA4展のご案内 6月は4日に豊田で講演、10日から二泊三日でゼミ合宿、18日神戸で講演、そのあと岡山に寄って、母親の顔をみて、妹の作ったアートガーデンというギャラリーへ。週末が三つもつぶれるとその月は忙しくなるということに、ようやく気がついて、そういう愚かなことは以後しないよう、用心深く予定を立てようと決意。 とまあ、それはいいとして、岡山にあるアートガーデンでまた恒例の「A4展」が開催されることになったので、そのご案内を。去年もほぼ同じ時期にご紹介したので、ご存知の方もあるかと思うが、なかなかおもしろい催しなのだ。 というわけで、去年の「あとがき大全(36)」から適当に引用しながら。 アートガーデンというのは、2002年5月19日、岡山市にオープンしたギャラリーです。メイン・ギャラリーは天井高5メートル、床面積30坪で、アートの展示のみならず、詩の朗読会、コンサート、映画鑑賞会などにも使えるように設計されています。また、アトリエ・カフェでは、小品の展示ができます。その他、貸しルームもあり、様々な勉強会やサークルの集まりなどにも使えるようになっています。 これを企画したのが妹でした。アートと音楽と文学の交流の場にしたいと強く願っていました。昔からこの三つ、どれもが大好きだったので、ぜひこういう場を作りたいと思っていたようです。ところがオープンしてちょうど二年後、癌で逝去。 まったく人騒がせなやつ、というのが兄としての正直な感想です。が、その理想には多いに賛同していて、なにか協力できることはないかといつも考えていました。 このアートガーデン、ギャラリーのスタッフと妹の夫がまだ数年は続ける模様です。 というわけで、ひとつ、ここで宣伝を。 じつは、今年の7月、「A4展」が開催されます。これは去年も開かれて、話題を呼んだ企画です。アートガーデンの紹介を引用します。 プロからアマチュアまで真剣に遊ぶ 作者名をはずして 第3回 A 4 展 −昨年さまざまな反響を頂いたA4展 今年第3回開催− A4サイズの作品を募集します。作品はギャラリーに展示し、販売します。プロ・アマ問いません。ただ、展示のとき、作品の横にはタイトルとプライスだけ、作者名は出しません。買われた方だけに、作者のプロフィールをお渡しします。 作者名のない作品展です。 何百年も前、中国の文人がこう書いています。「民衆は彼らの耳によって絵を批評する」と。ゴッホと聞いたから買おう、ニューヨークで話題になったと聞いたからすばらしい、紀元前の色というから美しい……。何百年たった今でも、私たちは変わらないのかもしれません。 今一度、自問してみたいと思います。「作品を前にしたとき、私たちは自分の目で、素直に作品を見つめ返しているだろうか。作品と出合い、感動し、生きていることはすばらしいと思う、そこに必ずしも作家の名前、肩書き、世間的な評価が必要なのだろうか」と。 作品に言葉を添え、見る人にわかりやすく解説すること。それによって世界がひろがり、新たに生まれる感動もあります。また、それが美術館やギャラリーの役目の一つでもあり、もっとも大切なことだと思います。しかしときには、よぶんなものを一切はぎとって、作品とだけ向き合うことで、見えてくるものもあるのではないでしょうか。 そういう意味で、このA4展に並ぶ作品には作家名はつけないでおきたいのです。あるのは、タイトルとプライスだけ。目の前の作品だけをしっかりと見て、楽しんで、選びとっていただきたいと思うのです。そして、買われた方だけに、作家の名前とプロフィールをお渡ししたいと。 作り手は、名前をはずして真剣に遊び、買い手は自分の目だけを頼りに、作品を見極めてください。アマチュアの方はもちろん、プロの方もときには、素材を変え、画風を変え、いつものままでも、夏のフェスティバルとして大いに遊んでいただければと思います。 作り手も買い手も、アートの原点に返って作品に向き合う、そんな楽しい冒険になりますように。皆様のご参加を心よりお待ちしています。(故 長尾邦加) とまあ、こんな企画です。 じつはぼくの文化学院の教え子で、いまイラストを描いている辻さんという子がいて、彼女から、ポストカード展のことをきいたことがありました。それはいろんな作家が、ポストカードの大きさの作品を持ち寄って、べたべたべたべたーっと、壁に貼って展示するというものでした。それを妹に話したところ、「あ、おもしろいねえ」といって、それからしばらくしてこの「A4展」のアイデアが出てきました。 これを実行に移そうとしたとき、何人かのアーティストやギャラリーから反対の声があがりました。つまり、ギャラリーでの作品の値段というのは、その絵の価値そのものの値段ではない。それは、そのアーティストがそれまでに積み重ねてきた努力と作品の上にあるもので、また、その作家の将来性をもふくめた値段なのだ、という意見です。ある意味、正論であり、さて、どうなることかと危ぶんでいたのですが、ふたを開けてみると、心配するほどのことはなく、マスコミからの取材も多く、また多くのアーティストの方々もおもしろがって参加してくださることになりました。 そして、有名無名のアーティストの作品から、その弟子たちの作品から、町内会長や十代の人たちの作品までが並ぶことになったのです。 あるアーティストが「A4展」にいって、気に入った作品を買ったところ、自分の弟子の作品だとわかって、思わず笑ってしまったとか。そんなエピソードもあります。また、このときの作品が注目されて、のちに、個展を開くことになった素人のアーティストもいます。 というわけで、この宣伝です。ぜひ、興味のある方はご参加下さい。ご自身、興味がなくても、お知り合いの方に。そしてまた、ぜひ、岡山のアートガーデンを訪ねてみてください。 開催期間は7月の終わりから二週間。詳しくは金原のHPにリンクしているアートガーデンのHPを見てください。 2.あとがき(『ハベリの窓辺にて』) さて、6月、なんの本が出ただろうと考えてみたら、二冊きり。一冊は『シャバヌ 砂漠の風の娘』の続編『ハベリの窓辺にて』。この作品、これはこれで完結。しかしまあ、主人公の女の子シャバヌ、本を開くと、もう結婚していて、娘までいる。というわけで、さらに波瀾万丈の物語が……。 さて、もう一冊はご存知ジーン・アウルの「大地の子エイラ」シリーズ第四部、『平原の旅』の(上)。これは元々は、大久保寛さんが訳す予定だったのだが、体調不良ということで、編集者の木葉さんから「急遽ピンチヒッターを!」との連絡が入った。じつは、ずいぶん昔、「図書新聞」という書評新聞で「大地の子エイラ」の第二部の書評を書いたことがある。そう、ある意味画期的な作品で、とにかく面白い。まず発想と設定がすごい。そしてエイラという主人公の造型がすごい。さらに、三万五前年前のヨーロッパをたくみに再現する想像力がすごい。とくに第一巻は素晴らしいの一言につきる。 それが今回、集英社から完訳版で出るとのこと、とても刊行が待ち遠しかったのだが、なんと、第四部を訳さないかとの話がきた。それが去年の10月だったと思う。ご存知の方もあると思うが、これは日本では(上)(中)(下)と三分冊になるのだが、それを今年の6、7、8月に出したいとのこと。逆算すると、(上)(中)(下)を3、4、5月末に訳了しなくてはならない。しかし問題は分量である。三分冊にした一冊分が、原稿用紙で約900枚。つまり、『バーティミアス』一冊分である。ひとりで訳すとしたら、最低10ヵ月はほしいところだ。そのうえ、4月頃からは翻訳をしながら(上)の校正をすることになる。もうひとつ大変なのは、とりあえず、今までに出た一部と二部をざっと読まなくてはならない。というのも、ある程度の訳語の統一を図らなければならないからだ(このシリーズ、大久保寛、佐々木雅子、白石朗と訳者が交替している。だから、訳しかたや口調や文体は、それぞれの訳者にまかせるということになっている。とはいえ、ある程度の統一はないと困る)。 ひとりではとうてい無理な話だ。そこで『スカイラー通り19番地』などで、とてもいい仕事をしてくれた小林さんに声をかけてみた。そうしたら、OKとのこと。もちろん、訳文を何度も見直す余裕はないから、石田さんに原文とのつきあわせをお願いした。 こうして、スタート。今月の初旬、なんとか遅れ遅れで(下)の原稿を提出して、ほっとしているところ。そして(上)がついさっき出版された。小林さん、今回は八面六臂の大活躍で、感謝、である。少ない体重がまた少なくなったのではないかと、心配なのだが、今のところまだ、倒れたという情報は入っていない。 今回、いちばん困ったのは、なんといっても舞台になっている氷河期のヨーロッパについての生物学的、植物学的、動物学的、地学的、地質学的、科学的な説明・解説の数々だった。とくに地形の話になると、なかばお手上げ状態。難しい。それから、(下)の最後あたりで、エイラとジョンダラーはついに氷河にたどりつくのだが、その氷河の説明がよくわからない。たとえば、こんな感じ。 Glaciers were never entirely dry. Some water was always seeping down from the melting caused by pressure. It filled in small cracks and crannies, and when it chilled and refroze, it expanded in all directions. The motion of a glacier was outward in all directions from its origin, and "the speed of its motion depended on the slope of its surface, not on the slope of the ground underneath." If the surface slope was great, the water within the glacier flowed downhill faster through the chinks in the ice and spread out the ice as it refroze. They grew faster when they were young, near large oceans or seas, or in mountains where the high peaks assured heavy snowfall. They slowed down after they spread out, their broad surface reflecting the sunlight away and the air above the center turning colder and drier with less snow.(" " は金原) よくわからないのが、"the speed of its motion depended on the slope of its surface, not on the slope of the ground underneath." なんで氷河の表面の傾斜(氷河の下の地形でなく)が急だと、氷河の動きが速くなるのかわからない(溶けた水は下にしみこんでいくんだろう、とか思うし)。翻訳をしている何人かにたずねてみたけど、よくわからない。ま、最後には、ある人からヒントをもらって、なんとなくわかったのだが、まあ、やれやれ、である。いわれてみれば、簡単なことなのだが、なかなか気がつかなかった。まあ、気になる人は(下)を読んでみてほしい。 あと気になったのは装身具や道具。どんなものなのか、うまく想像できない物も多い。たとえば 'leggings' 。これはどこにも説明がなく、いきなり出てくる。ぼくなんかはすぐに、「脚絆」と思ってしまうのだが、小林さんからきた訳では「ズボン」になっていた。脚絆は、脛に巻くものだから、ズボンとはずいぶん違う。しかし、作品のなかでは巻いている様子はなく、穿くといった感じだ。そこで作者に問い合わせたら、すぐに返事がきた。ズボンとは違うけど、ズボンとしかいいようのない代物だった。というわけで、とりあえず「ズボン」として文中に注を付けておいた。これは小林さんのお手柄。 あと、ふたりが寝るときに使う寝具。ぼくは最初にざっと読んだとき、毛皮をそのまま毛布代わりに使っていると思ったのだが、小林さんの訳では「寝袋」。これも本文中ではほとんど説明らしい説明がしていないからよくわからない。で、作者にたずねてみたら、「寝袋」だった。 というふうなことを書いているときりがないので、このへんにしておこう。 ただ、この本、あとがきはない。 というわけで、今月のあとがきは『ハベリの窓辺にて』の一点のみ。ただ、このあとがきも、築地さんの色が強い。 訳者あとがき(『ハベリの窓辺にて』) 前編『シャバヌ――砂漠の風の娘』で、ラクダに乗って家出したシャバヌは父さんに捕まってから、いったいどうなったのだろう? 本編は、テレビなら「六年後」という文字が出て、早咲きのバラの甘い香りがたちこめる早朝、シャバヌがけだるそうに目ざめるシーンから始まるところだろう。そう、後編の『ハベリ』では、シャバヌは姉さんの幸せと父さんの名誉のためにラヒームと結婚し、ひとり娘ムムタズの母親になっている。大きな屋敷でほかの妻たちといっしょに暮らし、妻たちからのいじめにもめげず、ムムタズのしあわせを願い、前向きに生きている。十八歳の若さで、もうじき五歳の娘と、四十二も年上の夫がいて、ほかの妻たちといっしょに暮らす生活は大変だが、シャバヌにとって生きる場はここしかないのだ。 ところが、古都ラホールにある壮麗な大邸宅ハベリでひと夏を過ごしたとき、シャバヌの人生は新たな局面をむかえる。だが、名誉を重んじるイスラム社会では、人妻の恋など許されるはずもない。さらにシャバヌのまわりではさまざまな陰謀がくわだてられ、次から次へとつらい選択をせまられる。シャバヌはシャルマおばさんの「おまえには道があるんだよ。だからこそ、おまえはかしこくふるまえるのさ。おまえは自分でちゃんと選んでいるんだよ」という言葉を胸に、苦難を切りぬけていく。妻になり母親となっても、勝気なシャバヌは健在だ。 さて、今回は歴史ある古都ラホールが舞台なので、少し説明を。 まず本の中でよく出てくるムガル帝国や歴代の皇帝について。ムガル帝国というのは、日本で言えば戦国時代後半から江戸幕末のころ(一五二六〜一八五八年)、現代のアフガニスタン、パキスタン、インド一帯に栄えたイスラム帝国で、ラヒームの曾曾曾祖父が仕えたアクバル帝がその基礎を築き、サリーム王子、のちのジャハーンギール帝とその息子シャー・ジャハーン帝のころに繁栄をきわめた。ちなみに、サリーム王子とアナルカリの悲恋物語はパキスタンでもっとも人気のあるラブストーリー。 パキスタンには、「ラホール・イズ・ラホール」という言葉がある。「ラホールのように美しいところはラホールだけだ」という意味。その言葉通り、本の中に出てくるバードシャーヒー・モスクを初め、ラホール・フォート、シャリマール庭園など美しい建造物でいっぱいだ。町はハベリのある旧市街と緑の並木道が続く新市街とに分かれている。ハベリは装飾豊かなバルコニーや中庭があるのが特徴で、セルマの住むハベリは木造だが、ふつうは砂岩でできている。北インドの都市にも多数残っていて、ホテルにしているところが多いようだ。 シャバヌが隠れ家にする屋上のあずまやは、涼しい風が吹いてきたり、外からは中が見えないのに中からは外が見える構造になっている。魔法の部屋のようだが、大理石の透かし彫りの壁の、外側の穴が広く、内側の穴が狭くなっているからだ。こうした透かし彫りの壁はラホールでは数多く見られる。 それからパキスタン社会についても一言。パキスタンは貧富の差がはげしく、ラヒームのような大地主層が冨も政治もにぎっている。そして大人でも読み書きができる人は四三%、女性は三〇%にすぎない(一九九八年)。シャバヌがムムタズに教育を受けさせようと必死になったのもうなずける。 国際通信社(UPI)の記者だった作者は、これらパキスタン社会の矛盾やひずみなどを本編の中でエピソードとしてさりげなく描いたり、ラヒームに対するシャバヌの怒りという形で鋭く描いている。こうした点がこの作品に厚みをもたらしているように思う。本編をシャバヌの恋物語として読むのもひとつだが、歴史的・社会的背景を考えながら読んでいただけたら幸いだ。 最後になりましたが、いつも的確なアドバイスをくださったポプラ社編集部の浦野由美子さん、田中絵里さん、原文とのつきあわせをしてくださった舩渡佳子さんには心からの感謝を! 二〇〇五年四月 金原瑞人 築地誠子 |
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