|
「猫の手も借りたい」という表現は、使い古されたものだろう。でも、猫好きのわたしにはたまらないマジック・ワード、つまり魔力のある言葉だ。最近、漫画家波津さんのホームページ波万波(Bellow the Billows)を見てご覧、と友人に勧められた。「お嬢様月記」の2002年8月(その1)で、この表現をネタにした場面を発見したときは、嬉しくて小躍りしてしまった。お嬢様とは波津さんの愛猫のことで、その近況を毎月掲載するコーナーのようだ。写真に添えられたネームが秀逸で、さながら四コマ漫画の観を呈している。 * さて、今月は、復刊された本を中心にとりあげてみよう。きっかけをくれたのは竹下文子『わたし おてつだいねこ』(金の星社、2002年5月、鈴木まもる絵)である。1986年に小学館から出たものを、部分的に加筆・修正したと、奥付に記されていた。家事が忙しく、「ねこの手もかりたいぐらい」と愚痴ったおばさん。そこへタイミングよく、家政婦志願だという縞模様の猫が現れる。なんでもできるという売り込みに惹かれて雇ったのはいいが、実際には猫の手は役に立たなかった。でも家の中に猫がいることの喜びに目覚めたおばさんは、最終的にはこの猫を家族の一員として受け入れる、というもの。 物語の展開はほぼ予測どおりだが、鈴木まもるの絵は、気持ちだけはあっても物理的にうまくできない猫の仕草や失敗をうまく伝えている。クマのパディントンに負けず劣らず、不器用なのに気立てがよく、好きにならずにいられない猫である。じつは2冊目の『はしれ おてつだいねこ』(2002年8月)も読んだが、こういう話は1作目を越えるのはなかなか難しいようだ。竹下は少し年長向けに「黒ねこサンゴロウ」のシリーズも出しており、猫がらみの作品リストには欠かせない作家だ。 * 復刊本その2。1991年にリブロポートから出版された『ドス・アギラス号の冒険』(椎名誠作、たむらしげる画、偕成社、2002年10月)は、版形も版元もかわっている。なんとなく、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』を連想したが、「どくとるマンボウ」の本を読んだのは数十年前なので、自信はない。冒険家のボクス船長と歴史学者のコロンバン博士らが、2羽のワシという意味のドス・アギラス号で、秘境探検の航海におもむく話だ。行く手にどれだけ不思議なことが待ち受けていようと、動ずることなく、奇妙奇天烈な技術を駆使して切り抜けていく。それだけに、不思議の数々を表現するアーティスト抜きには成立しない本といえよう。 たむらしげるの『クジラの跳躍』のアニメーションをテレビ(カートゥーン・ネットワークだったかな?)で見たことがある。絵本の世界がそっくりアニメ化されていて、映像がとてもきれいだった。この話もそのままアニメーションになりそうな感じだ。マンガ風のキャラクターと、本から飛び出しそうな大胆な構図、そして鮮やかな色使いが魅力的なので、見開きで15×19センチのサイズに収めるのはかわいそうな気がする。もっとも本棚に並べることや、持ち歩いて読むことを考えると、このサイズのほうが断然扱いやすい。 * ここで寄り道し、マンボウからいささか強引に関連づけて新刊の斉藤洋『黄色いポストの郵便配達』(森田みちよ絵、理論社、2002年7月)について。語り手はおとなの「わたし」。桜の木から絵葉書を受け取ると、追いかけてお花見にいったり、郵便配達をするマンボウとお友達になったりするという、ナンセンスな話の本である。マンボウが水中ではなく、空中をゆらゆら移動して郵便物を配達するという着想や、紅茶好きという設定に意表を付かれてしまった。日常のなかのゆとりないしは息抜きの時間を、マンボウとの交流に結晶化してみせた、味わいのある作品だ。ただ、『ドス・アギラス号』も『黄色いポスト』も、作品に魅了されるのは、どちらかというと子どもよりは大人の確率が高いのではあるまいか。 * 復刊その3は、リザ・テツナー『黒い兄弟』(酒寄進一訳、あすなろ書房、2002年、9月)だ。原作は1941年、それが1988年に『黒い兄弟――ジョルジョの長い旅』として福武書店から1冊の単行本として出版された。この本を元にしてアニメーションが「ロミオの青い空」のタイトルで1995年にテレビで放映されたとき、アニメ版のキャラクターを表紙にした福武文庫上下もタイアップで発行された。3度目となる今回はA5版の単行本上下で、カバーイラストは佐竹美保。かなりの変身といえよう。週刊読書人の時評を担当していた1995年当時、文庫の出版について書いたわたしにとっては思い出のある本だ。今回はこの原稿を書いている最中に手元に届いたので、読み返していないが、行間をあけ、だいぶ読みやすく作ってある。 読みやすくなったといえば、スーザン・クーパーの『コーンウォールの聖杯』(武内孝夫訳、学研、改訂新版2002年5月)もA5版で復刊されている。今月とりあげる予定ではなかったので詳述はしないが、1965年出版の原作は光と闇の戦いを扱ったハイ・ファンタジー。「闇の戦い」5部作の1冊目にあたり、文学史の類では必ず言及されるのに、入手できない幻の本であった。ここ数年のファンタジーブームのおかげで、復刊に至ったのは喜ばしい。じつは「闇の戦い」の残りの4冊は評論社刊という、生き別れのシリーズなのである。そして評論社の細かな活字――昔はこれが普通だったのだが──と比べると、紙面を一新し、表紙も版形も変えて読みやすくする心遣いを見せた学研を誉めたいと思う。 * この10月に上映が決まったという映画『ごめん!』の原作が文庫化されているが(偕成社文庫、2002年9月)、それは飛ばして(ひこ・田中さん、ごめん!)同じ文庫から復刊された中島みち『クワガタクワジ物語』(偕成社文庫、2002年8月)をつぎにとりあげておく。初版は1974年、筑摩書房だというが、装丁すら思い出せない。昆虫に興味がないことがこれでよくわかるだろう。とはいえ、昆虫を飼う子どもの体験を母親が描いたノンフィクションというので、気軽に読むことができた。ところどころで子どもを見守る母親の気遣いが透けて見えるのが若干の臭みに感じられたが、クワガタを中心にした物語として、うまくまとまっていると思う。印象に残ったのは、親子がかわした、夏休みの3日間を子どもが自由に過ごす、という取り決めであった。なんともうらやましい親子関係であり、自然環境である。日頃、蚊にさされただけで、大騒ぎするのがわたしの実情だが(蚊に好かれる性質というか、何箇所もかまれてから気づくのがドジというべきか・・・)昆虫もまた自然の一部であり、排除するだけではいけないことは、心にとどめておきたい。とはいえ昔に比べれば、昆虫と向かいあう機会は減っている。 * そこで、これは復刊本ではないが、観察写真絵本のシリーズ「新自然きらきらシリーズ12冊」(久保秀一・写真、七尾純・文、偕成社、2002年3月〜)を紹介して今月を締めくくろう。以下の3冊は2002年5月刊である。カマキリの顔がアップになっている『かまきり にょっきり』の表紙をみたときは、思わず引いてしまったが、この巻に限らず、接写技術がすばらしくて、嫌いなはずの昆虫でも、不思議と親近感がわいてくる。イトトンボを主人公にした『にらめっこ』を例にとると、つぎつぎに水辺の生き物ににらめっこで挑戦するという設定で、イトトンボといっしょに読者もさまざまな生き物の頭部をアップで眺め、比較するのである。最終ページは解説で、見るべきポイントとなる昆虫たちの目についての豆知識が得られる。また、ザリガニがトンボを食べるという生物同士の関係も自然に理解できる。カタツムリを主人公にした『あまやどり』の場合、水滴に光があたったときに昆虫や植物がみせる神々しいまでの美しさが印象深い。科学知識の絵本として、子どもにだけ楽しませておくのはもったいないシリーズだと思っている。 本日はこれにて閉室。 |
|