アーモンド入りチコレートのワルツ


森絵都作 いせひでこ絵


講談社 1996

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 人生とは、バッハのカノンのようなものだ。最初に現れたメロディーの上に、オクターブの変わった同じ旋律が重ねられ、ときに進行が逆転し、その結果、複雑な音が奏でられる。それは、くり返しといえばくり返しだが、しかし、いつしか気がつけば曲は転調しており、そして、確かに上昇を続けているのだ。 
 そうした、少年と少女の人生における転調の瞬間を、鮮やかに描き出してみせたのが、森絵都の『アーモンド入りチョコレートのワルツ』である。エリック・サティの楽曲のタイトルを表題においたことからもわかるとおり、この本はシューマン、バッハ、サティの曲にイマジネーションを得て、それぞれピアノにちなんだ情景を持つ三つの短編からなっている。 
 疑いもなく世界に浸りきり、それが幸せなのだと意識することもなく幸福を味わえるのが子ども時代の特権だとすれば、三つの短編の主題をなすメロディーはすべて、この「子どもの時間」であるといっていい。そして、その主題が変化していく様子こそ、この本の魅力なのだ。 
 僕の個人的な好みでいわせてもらえば、二話目の「彼女のアリア」が特に秀逸だと思う。ラストシーンの彼の思いきりが、秘密の時間との決別のやり方として、この上もなくカッコいいのだ。ま、ふつう、こうはできないもんだけどネ……。(甲木善久 )
産経新聞 1996/12/06