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舞台は、十五世紀末のクロアチア(当時はハンガリー領)。母の死後、修道院でくらしているみなし子のマティアス。いつか何事かを成し遂げ、父バルトール伯に息子と認めてもらおうと野心を抱いている。チャンスがめぐってくる。バルトール伯のおかかえ医師ケレメン(ヨーロッパ一の錬金術師でもある)が、主人の命と偽って、自分の発明した秘薬をアドリア海の小さな島まで運ばせようとする。 秘薬をめぐるさまざまな思惑が絡み合い、二転三転する。命がけの冒険を続けるマティアスに思いがけない結末が……。 ジズベルトの作品、というよりスペインの児童文学は日本では珍しく、楽しみでした。 テンポよく話は展開するし、錬金術の秘薬にまつわるミステリー仕立ての冒険物語 ──。面白くないはずはなく、ぐいぐい引きこまれて、一気に読み終わります。──がしかし、すぐれた児童文学を読んだ時の、あの興奮と充足感に、残念ながら遠いのです。 錬金術に関しては大いに啓蒙されました。みずからを「哲学者」と称した本物の錬金術師たちは、鉛を金に変えたり、不老長寿の薬を作ったりという実利にではなく、人間や物質の奥に横たわる神秘に引きつけられた人たちだったと説明されていますが、この作品の登場人物たちからは、そのような奥行きのある人物が浮かんできません。 作者の関心が、人間の内面を描くことにもう少し向けられていたら、このテーマはもっと生きていたのではと残念です。 マティアスは最後に、伯爵の息子かどうかなんてどうでもいいことだ、自分の人生を切りひらいていくのは自分自身だと悟りますが、読者ひとりひとりがその思いを共有できるには、何かが少し足りない──そんな気がします。 (藤江 美幸)
読書会てつぼう:発行 1996/09/19
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