2 火曜日

 翌日、私は寝不足のぼうっとした頭で家を出た。この作品が単に活字上に記されているものだけであるはずはなかった。
 事件のあらましを<私(白木)>は次のように述べている。

 生ゴミがときどき庭に投げ込まれるのだ。生ゴミだけじゃない。どこかの不燃ゴミ置場からでも持ってきたのか、壊れた小型テレビや髪の毛のない日本人形が玄関の前に置かれてきたこともある。

 事件の容疑者として<私(白木)>がはじめに挙げたのは<河野さん>だった。実際、<河野さん>はゴミを投入した事実を認めている。しかし、それは自分に容疑がかけられていることへの報復としてであって、連続して投げ込んだ真犯人ではない。しかし、真犯人ではないと同時に、彼女は犯人の一人でもある。

 「(前略)…いつだったかな、私、一度だけ、テレビをここに置いて帰ったことはあるよ。ここに来る途中、不燃ゴミ置場で見つけた小型テレビだったけど。形がなんていうのか、クラシックで面白いなと思って、わざわざ拾ってきたの。でも誰もいなかったから、玄関の前に置いて帰った。それだけ。ああいうのもゴミって言うの? わざわざ私が、ここまでゴミを運んできて捨てると思う? ほんとにそういうことをするとずっと思ってたの」
 私は首を振った。「ごめんなさい」と私は言った。


 <私(白木)>は謝ってしまったが、これで「壊れた小型テレビ」を置き去った者は誰であるか判明する。<河野さん>の弁明は彼女もまた、犯人であること語っているのだ。しかし、彼女の自白によれば、それは「一度だけ」の事であり、<髪の毛のない日本人形>を誰が置いたのかは不明なままだ。
 千田家に泊まってゆく女子中学生の一人、<大木さん>の犯行は<河野さん>の行為とどこか似ている。彼女もまた<私(白木)>へのあてつけに、住人たちが見ていない間に庭に沢山のぬいぐるみを置いている。

 「かわいいでしょ。かわいいいよねえ」大木さんは熊の頭をぽんぽん叩いた。「さっきのバッグに押し込んできたの。それて、ここにこっそり並べておいて、それからあらためて買物に行ったの。ね、びっくりした? 誰かがこっそりこの家に入り込んで、こんなことをしてって。白木さん、もしかして、怒った? だって、白木さんすごく神経質になってるんだもん。誰かがこの家を狙ってるって」

 <大木さん>にとって「かわいい」ぬいぐるみたちは、他者にとっては汚れたぬいぐるみという「ゴミ」としか見ることができない。<河野さん>が「クラシックで面白い」と感じたテレビも、他者の眼には不燃ゴミにすぎない。すると、<髪の毛のない日本人形>を置いた者もまた嫌がらせではなく、千田家へのシュールな捧げ物として置いていった可能性もありえる。では、<生ゴミ>はどうなのか。
他に犯人となりえる人物を挙げてみることにする。まず、かつて<鉄男くん>と心中未遂を起こしたことのある人妻<宮地さん>。彼女は以前、家の前の郵便受けから家を覗いていたことがある。しかし、<宮地さん>はどうやらこの町には住んでいないらしい。
 次に、隣家の<山本夫妻>。千田家に不特定多数の若者が出入りすることについて不信感を抱いている。特に、手入れをしていない千田家の庭から飛ぶ雑草や落ち葉に対しては神経質になっているともいえる。特に<山本氏>の方は、自宅の庭の落ち葉を千田家の側に押しつけているところを<河野さん>に目撃されている。閑静な住宅街で、目立たずに<生ゴミ>を持って庭に投入できるとしたら、隣りか向かいに住む隣人たちであるという可能性も濃い。
 しかし、<宮地さん>が遠方に住んでいるとは限らず、隣人たちにしてもその現場は目撃された訳ではない。作品に直接登場しない人物(例えば、<千田さん>のボーイフレンドの誰かや、<鉄男くん>に好意を抱く(もしくは恨みを持つ)他の中学生の可能性や、<河野さん>と<大木さん>が嘘の証言をしているという可能性が全く無い訳ではない。犯人の姿は複数であるとも、一人であるとも判然としない。そして、その夜も私は眠ることができなかった。真犯人は誰なのか、考えれば考えるほど分からなくなるばかりだった。そして、この作品に隠されている謎について考えているうちに、空はだんだん明るくなってきてしまったのだった。

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