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一九九一年、アルプス山中で一体の凍死体が発見された。氷河にとじこめられていたこの死体の皮膚は、茶色く革のように硬く、乾ききっていた。遭難した登山者なら、筋肉はクリーム状のワックスに変わっているはずである。 そして、そういう死体のポケットからは、鉄道の切符や登山クラブの会員証が出てきたかもしれない。が、本書が「アイスマン」という名で呼ぶことになるミイラのそばには、石の刃に木製の柄をつけた短剣や、青銅製の手斧(おの)といった「遺留品」が残されていた。放射性炭素年代測定法によって、アイスマンは、約五千三百年前に死んだと推定された。彼が生きていたのは、石器時代末のことだったらしい。 世界中の考古学、法医学、人類学、冶金(やきん)学など多様な分野の科学者が、慎重にアイスマンのなぞに迫る。四百にものぼる人工遺物から、旅の装備や武器の詳細から、携帯していた保存食や薬まで、次第に明らかになっていく。彼は羊飼いで、旅の途中なんらかの事故にあったらしい。 アメリカの小学校の先生が、アイスマンの研究にたずさわる数多くの科学者に取材して書き上げた本書は「ナゾを解く」たのしさへの手引書になっている。愛想がないと批判されるかもしれないが、子どもにこびるところのない訳文もいい。わかりにくいところは、あとで自分で調べればいいのだ。(斎藤次郎)
産経新聞 98.02.03
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