あまんきみこの本(1)

阪田憲子

           
         
         
         
         
         
         
    
                               

 あまんきみこの絵本の中から、昔ばなしの絵本として、『きつねのおきゃくさま』を、ファンタジ−風絵本として『ひつじぐものむこうに』を、戦争をつたえる絵本として『ちいちゃんのかげおくり』と『おはじきの木』を、取り上げてみる。
数多い絵本の中から、私の手元に集まった、二十冊ほどの絵本を、まず読んでみた。あまんきみこの作品のほんの一部分である。たった二十冊のみで、感想を述べることに後ろめたさを感じてしまう。

【昔ばなし絵本】
『きつねのおきゃくさま』
 「むかしむかしあったとさ」からはじまり、「とっぴんぱらりのぷう」で終わる昔話として書かれている。はらぺこきつねは、ひよこ、あひる、うさぎに会い、「やさしいね」「しんせつなきつね」「かみさまみたいなきつね」と言われて勇気がわき、おおかみと戦いおおかみを追い払い、その後、きつねは死んだというストーリーである。
 ことばも簡単明瞭で、リズム感もあり、ストーリーも簡単で幼い子にもわかりやすい。悪いきつねがほめられて、ほめられてだんだん良いきつねになっていく様子が、ユーモアもまじえてほのぼのとした気分にさせられた。
 最後に、おおかみを追っ払う場面は、「じつに じつに いさましかったぜ」ということばに、読者を、やったあという気分にさせる。そして「そのばん きつねは、はずかしそうに、わらって しんだ」とどんでんがえしに、読者はしんみりと生きることと死ぬことを考えてしまう。
 主人公はきつねであるが、欲のふかい人間そのものである。また欲のふかい悪い人間でも、ほめてもらえばうれしいものである。人の役にたちたいと思うのも、欲ふかい気持ちも誰もが持つ心である。
 きつねの死は、この作品を引き締めて、とても印象に残る作品にしているが、作者はどんな思いで書かれたろう。
 「そのばん。きつねは、はずかしそうに わらってしんだ」と言うことばに、絵はやすらかに、ほほえんでいるかのように横たわるきつねが描かれている。
 「はずかしそうに」と言う言葉が、このお話の全体を印象づけている。たった一言の言葉が、意味を持ち文章の短い絵本では、言葉を選ぶことの大切さを感じた。
 きつねは、ちょっぴりはずかしかったけれど、とても満足な一生であったのだろう。笑って死ぬなんて、理想的な死に方と思うし、またそうありたいものだ。
 新美南吉の『ごんぎつね』を連想させる、きつねの死であるが『ごんぎつね』のように悲壮感がなく、きつねの死を温かくユーモアも感じられる描き方をしている。死をかわいそうと思う描き方ではなく、生あるものすべて、死を迎えなければならないと言う、重いテーマが込められているのだろうか。
 絵は二俣英五郎が、きつねを表情豊かに描き、きつねとおおかみが戦う場面は、迫力があり読者は、きつねになって戦う気分になる。文章と絵がうまくマッチしていて、絵本は作家と画家の共同作品と思われる作品だ。

【ファンタジー風絵本】
『ひつじぐものむこうに』
 「わたしは、あのとき ないていました」の書き出しで、仲良しのたけしが、引っ越していったことを、悲しんでいるときこひつじがきた。こひつじは、わたしを背中に乗せて、雲の上へつれていく。雲の上は白い原っぱ、ひつじがいっぱいいるその中にたけしがいた。たけしも引っ越しで、友だちとの別れをとても悲しんでいたので、こひつじに雲の上に連れてきてもらったのだ。
 いろんな形の雲を見て、いろんな動物に見えたこと、誰もが経験することだ。ほんとうに雲の上につれてくれる、こひつじがいたらなあと、きっと子どもたちは思っているだろう。
 息子が三才くらいのころ「鳥はいいなあ、空を飛んでどこえでも行けるもん」と言ったことを思い出す。そんな子どもの夢を、かなえてくれる作品といえる。
 「わらいごえは、くうきを おれんじいろに そめるんですって」「むらさきが にじんだ いえも あります」 むらさきににじんだ家は、誰かがいっぱいためいきをついていると言う。ためいきをついている子を心配して、くもひつじがおりて行くという。子どもも、おとなと同じように、悲しいこと、辛いこといっぱい抱えて暮らしているんだ。うったえる術も知らず、じっと耐えている子どものいることを思った。
 そんな子どもに、やさしいくもひつじよ、降りて行ってください。近頃の、いじめや、虐待にあう子どもたちの家が、むらさきににじんでいるだろうから・・・・・。
 また、長谷川知子が、あまんきみこの発想にぴったりの絵を描き、文章を補い、視覚にうったえている。
 表紙をめくると、窓わくにひつじぐもが、ぺージをめくると女の子の泣く後ろ姿、一番素晴らしいのは、真っ青の大空をひつじに乗る女の子と、町が小さく描かれた絵だ。空に向かって走るスピードを感じさせる。たくさんのひつじと遊ぶ絵も素晴らしい。どの場面も絵画として、1ページ、1ページがとても楽しい。絵本を読む楽しみが、存分に味わえる作品だ。

【戦争をつたえる絵本】
『ちいちゃんのかげおくり』
 出征する前の日、おとうさんは、「かげおくり」と言う遊びを、ちいちゃんに教えた。おとうさん、おかあさん、ちいちゃん、おにいちゃんの四人で「かげおくり」して、四人の影が空に上がった。それは、大きな記念写真のようだった。
 その後、戦争は激しくなり、空襲のなか、ちいちゃんは家族と、離れ離れにになって、一人ぼっちになった。
 ある晴れた日に、ちいちゃんは「かげおくり」をして、大空におとうさん、おかあさん、おにいちゃんの影を見て、空に吸い込まれていき、ちいちゃんの命の火は消えた。
 太平洋戦争において、ちいちゃんのような幼い子も命を落としたのだ。大勢の幼くして亡くなった子どもたちが、「もっともっと生きたかった」とあの世から言っているようだ。
 一人ぼっちで死ななければならなかった、ちいちゃんはどんなに心細かったろうか。出征したおとうさんに教わった、「かげおくり」をして命をとじる。悲しいけれど、空の上で家族と会えたと思うと、ほっとした。
 「かげおくり」と言う遊びと、戦争を結びつけた発想がとてもユニ−クで、ちいちゃんの悲しみの印象を強くし、「かげおくり」の絵がより一層印象づけている。
 ちいちゃんが亡くなる時、「ちいちゃんは、きらきらわらいだしました。わらいながら、花ばたけの中をはしりだしました。」と「きらきら」という表現が、めずらしい言葉と思い、読み進むと、最後のペ−ジにも「きょうも、おにいちゃんやちいちゃんぐらいの子どもたちが、きらきらわらいごえをあげて、あそんでいます。」と、ここでも「きらきら」と言う表現があります。子どもたちが「きらきら」かがやいて、にこにこわらえるそんな平和な世の中であるように、と言う作者の願いが込められているのか。
 戦後何十年もたった今も、子どもたちの遊ぶ姿や笑い声を見聞きするにつけ、ちいちゃんのように戦争の犠牲になった多くの人々のことを、忘れてはならないと語っているようだ。

『おはじきの木』
 『ちいちゃんのかげおくり』につぐ戦争を伝える絵本だ。
 戦争が終わり、南の島から帰ったげんさんは、家族をみんなを失った。げんさんは、新聞で焼け残った木の下でおはじきをしながら、母親と弟を待って死んだ、小さな女の子の事を知りにれの木の下を訪れる。そこでげんさんは、死んだ娘のかなこと今生きている女の子がおはじきをする、不思議な光景を見る。おはじきは、げんさんが戦争に行く前に、買ってやったものだった。
 げんさんが、やっとのおもいで南の島から帰ってきたというのに、家族の姿はなかった。生き残ったものの苦しみと母と弟を待ちながら死んでいった、ちいさなかなこの気持ちを思うとかわいそうでならない。
戦争は、何の罪もない幸福な家族を、引き裂いてしまった。歳月を経ても、けっして忘れはしない悲しみなのだ。五十数年経った今もなおこの悲しみを、抱えて生きていかねばならない人がどんなに大勢おられるのだろう。
 作者は、今を生きている、女の子とその母を登場させているが、「そのうしろすがたを見おくりながら、げんさんは、なぜか、あの子のしわわせが、いつまでもつづいてほしい。と、ふるえるようにおもいました。」と表現している。「ふるえるように」とは、作者の二度と戦争は起こしてはなるまいという強い意思を感じた。
 絵は二冊とも上野紀子で、しっとりとした味わいのある絵だ。あまんきみこの静かに語りかけるような言葉に、ふさわしい絵だ。かげおくりと言う現象を、戦禍に逃げまどう様子を、こどもは、想像することさえ出来ないが、絵がそれを補っている。
 この二冊の戦争を伝える絵本は、戦争で犠牲になった人々の無念さと、生き残った人々も生涯忘れることの出来ない悲しみを、抱えて生きていかなければならないのだと言う。淡々とした言葉の中に強い怒りが込められている。
 あまんきみこは戦争を体験した者として、重い責任を担っていると考えた。

 あまんきみこの絵本のうち、四冊を取り上げてみたが、ほかにもゆっくり味わいたい本が多くあった。
 あまんきみこの絵本は、いろいろな作風があり、多くの画家との共同作品だ。一冊 、一冊、の絵本が、文章も絵もどちらも丁寧に描かれている作品ばかりだ。
 文章は飾りけもなく、気負いもなく、自然に、さりげなくそれでも、言葉は厳選されている。そして静かにではあるが、強く自己を主張している。あまんきみこは自身の心からの思いを作品に託している。その作家姿勢に魅せられる思いがした。


取り上げた作品
「きつねのおきゃくさま」
あまんきみこ文・二俣英五郎え・サンリード1984
「ひつじぐものむこうに」
あまんきみこ作・長谷川知子絵・文研出版1978
「ちいちゃんのかげおくり」
あまんきみこ作・上野紀子絵・あかね書房1982
「おはじきの木」     
あまんきみこ作・上野紀子絵・あかね書房1999

「たんぽぽ」第18号