アンネの日記

アンネ・フランク著

深町真理子訳 文藝春秋 1986

           
         
         
         
         
         
         
         
    
 余りにも有名な為、既に読んだ気になっていて、でもホントは読んでいない本って意外に多いと思います(そういえぱ私はドフトエフスキーの『罪と罰』をまだ読んだことかありません。すっかり読んだ気になっていたなあ)。或いは読む時機が早過ぎて、何だかよく分からないままに読み終えて、まっ読んだ内に入れておこうとかいって、それ以降見向きもしない本っていうのもたくさんあるでしよう。思い出してみて下さい。その何れかに『アンネの日記』は含まれていませんか?
 一般に本書はヒトラーのユダヤ人狩りの犠牲の上に築かれた多くの記録文学の中でもとりわけ評価が高く、また著者が僅か15歳の少女だったことから主として青少年向けの戦争文学として読まれ続けててきました。でも『アンネの日記』がそうした「反戦・反差別」といったテーマに却って邪魔をされて手に取りにくい本になってしまっているとしたら残念です。
 何といってもこの本の魅力はアンネ自身の強い個性にあります。読み始めると私たちは彼女の溌剌とした行動に頷き、悩みに耳を傾け、時には優しくこの少女を抱きしめている自分を見ることになります。そしてどんな悲惨な状況の下でもユーモアを忘れない彼女の強さに敬服し、またささいなことで傷つくやわらかな心に戸惑うでしょう。
 1944年8月1日で日記は突然終わります。戦争に対する怒りと嫌悪感は、この終り方をみるだけで、確実に私たちの感情の奥深くに刻みこまれるはずです。理性にではなく、感情に。 (しんやひろゆき)    
1989.1