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十二歳の「不登校少女」が、サイパンでスクーバダイビングを初体験し、そこから生き直すきっかけをつかむ物語である。 絵本の『スイミー』みたいなアジの群れの真ん中に入り、不思議な海の音楽を聞く。何の音楽か詮索していると聞こえなくなってしまい、目をとじてよけいな考えを追い払って静かに呼吸するとまたもどってくる。そういう音楽。 なつかしくて、あったかくて大きなものに守られているような安心感を、少女はそのとき確かに感じとることができたのだった。 両親の離婚後、いっしょに暮らす母親とは口をきかなくなっていた。不登校の原因になったクラスの友だちとの人間関係のこじれも、ずっと心のしこりになっていた。海の体験が、そういううっ屈を一挙に解決してくれたわけではない。だが、拒否感や不安や寂寥をつきぬけて、しっかりと自分に向かい合う勇気と自信を、少女は予感のように感じはじめる。 孤独な少女の独白として本書は書かれているが、作者は情緒的なあいまいさやセンチメンタリズムをきっぱり退け、リズム感のある独特の文体を作りあげた。作者自身の分身とおぼしい少女の叔母(飲んべえの小説家)の明るさとさりげないやさしさもいい。 決して教科書に採用されることはないと思うが、今年の創作児童文学の収穫の一つであることは疑いない。夏の盛りに評者は断言する。(斎藤次郎) 産経新聞2001.08.21 |
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