アリスの見習い物語

カレン・クシュマン作

柳井薫訳 中村悦子絵 あすなろ書房 1995/1997

           
         
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 この夏、オランダの古い大学町であるレイデンでうろうろしていたら、「シルベスター」という児童書専門店を発見。「もうかりまっか」と店の人に尋ねると「子どもはなかなか本を買ってくれません」との返事。やっぱりこの国でもTVゲームやマンガに人気があるんやなと、あちこちで見かけたゲームショップを思い浮かべていると、続けて、「彼らは図書館で読んでしまいますから」。うーん、なるほど。
 さて、今回ご紹介の物語、中世十四世紀のイギリスの小さな村が舞台。訳題にある「見習い」が何のなのかは、原題が教えてくれます。『産婆見習い』(The Midwife's Apprentice. )です。博物館学の専門家でもある作者は、中世の産婆の姿をここで詳しく描いていきます。そこだけでももう興味津々、読み得な物語。「作者おぼえがき」にも産婆の歴史が簡単に、けれど的確に紹介されています。
 主人公の女の子は身寄りもない境遇。名前はなく、ブラット(ガキ)と呼ばれているだけです。村から村へと放浪の日々。寒い夜、堆肥が暖かいことを知った女の子はそこに潜って眠る。それで今度はクソムシとも呼ばれる。ある日、物乞いしたのをきっかけにジェーンという産婆の見習いとなることに。ブラット、クソムシ、産婆見習い。女の子の呼び名はこうして変わっていきます。彼女は名前の変化とともに自分を発見していくといってもいいでしょう。そして最後の名前はアリス。産婆見習いがこれを手に入れるエピソードは素敵です。
 町中で彼女は見知らぬ男にアリスという女の子と間違えられます。彼は読み書きのできるアリスに手紙を読んでもらおうと思ったのでした。そこで彼女は考える。
 「アリスという名前の女の子なら、みんなに好かれるかもしれない」「じゃあ、あたし、アリスになろう」と。以後彼女はみんなに自分をアリスと呼ばせるのです。つまり、彼女は自分の名前を自分で選び取ることで、自分となる。
 今の子ども達には予め名前が与えられているのは、なによりその名前を与えた者(親など)の庇護のもとにある証なのですが、裏を返せば、名前以外の何かを自ら積極的に選び取っていかない限り、自分になれないということなのかもしれません。(ひこ・田中

げきじょう 47号 1997秋