足音がやってくる

マーガレット・マーヒ一

青木由紀子訳/岩波書店


           
         
         
         
         
         
         
    
 魔法使いの少年時代といえば、ある一つのパ夕ーンが浮かびます。師についての修業、同輩との競争、慢心による失敗、反省と成長……伝説から現代の物語まで、くり返し語られてきたために、私たちの頭に刷り込まれているのです。で も、「魔女の少女時代」となると、どうでしょう? 魔女というのは、いい魔女も悪い魔女も、子どもだったことなんかないみたい……。そんな疑問に答えてくれる本を探してみました。
 「足音がやってくる」は、一世代に一人、魔法使いが現れるという一家の、末っ子の少年の物語。今度は自分の番だと思う少年に、不思議な足音が迫ってくる、という物語の本筋も十分面白いのですが、実は、新しい「魔法使い」は、彼の姉のトロイだったのです。
 ずっと自分の力を隠してきた彼女は、一族に告白したことで解放され、夢中になって、「太陽系と惑星」をソファーの脇に呼び出し、回転させてみます。「だれだって地 球を回そうと夢見るじゃない」とトロイは一言います。ここには、大きな力を与えられた女の子が、ただ無目的に、方向を定めずに、その力をふるったときの危険が暗示されています。
 けれども一方で作者は、この一家のひいおばあさんの姿を、「生涯力を押し隠してきた少女」として提示しています。ひいおばあさんは、幼いころ妹の髪を魔力で撚やしてしまって以来、自分の中のその力を抑圧してきました。その結果、「魔法の力は死んだけど、ほかのいいものも一緒に死んでしまい」、今の彼女はねじくれた、恐ろしい老婆でしかありません。
 幸いなことに、トロイの傍には、頼もしい常識家の義母クレアがついています。「何でもできるとしたら、何をするのが正しいかを選ぶのはより難しくなる」と、クレア は論します。与えられた力を正しく伸ばしていくにはどうしたらいいのか……女の子の「求道物語」の歴史は、まだ始まったばかりなのです。
 もう一人忘れ難い「魔力を持った女の子」といえば『魔女集会通り 26番地」(ジョーンズ作/偕成社)のグウェンドリン。弟の命のエナルギーを、黙って盗んで魔力の元にして、したい放題。(その間弟の方は、ひたすら姉を慕っているのです!)しかも彼女は、大魔法使いに抑えこまれると、巨大なガマやら幽霊の群れやらを出しまくって嫌がらせをしたあげくに、自分が女王でいられる別世界へと、すっ飛んで行ってしまいます。
 これはこれで、立派に「悪い魔女の子ども時代」を描いた一冊といえそうです。(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1994/11,12