『えへんおほん』の大ぼうけん

山下明生

文渓堂 1996


           
         
         
         
         
         
         
         
     
  『えへんおほん』というのは、本の名前。本が人格を持って海を渡り、ヨーロッパ各地を大冒険するのだからビックリ。きっかけとなったのは、双子の子どもに毎晩寝る前に本を読まされて閉口している、旅行会社のツアー・コンダクターのお父さん。児童図書館に、読み始めたら子どもたちがすぐに眠くなるような絵本を借りにくる。そして貸し出されたのが、一年間まったく借り手のなかった『えへんおほん』だ。効果はテキメン。わずか四ページ半読んだだけで、子どもたちは眠ってしまう。『えへんおほん』は悔しがる。「きみのお話は、からいばりだけで、冒険というものが足りないよ」と、ハエトリグモにまで言われて、『えへんおほん』は冒険の旅に出る。
 サーフィンボードの舳先に乗って波を渡り、潜水艦に紛れ込んだ『えへんおほん』は、艦長の鞄に入ってオランダのアムステルダムへ。怪しげなスリ一味の追っ手を逃れて運河を泳ぎ、自動車旅行中の親子ずれに釣り上げられてベルギーのアントワープからブリュッセルへ。祭りの広場で出会った天才綱渡り少年一座とともに、フランスのパリに出て、さらにそこからスペインのマドリードへと『えへんおほん』の冒険旅行は続く。奇想天外な発想とユーモラスな語り口。『えへんおほん』に書き込まれた「冒険の書」は、じつにサービス満点で、すっかり読み手を魅了する。(野上暁) 
産経新聞、1996年3月15日