絵本、むかしも、いまも
第17回「子どもの国のラムラム王――武井武雄」


『あるき太郎』(武井武雄画噺1)
銀貨社刊

           
         
         
         
         
         
         
    
    
 安曇野から車で一時間ほどのところ、諏訪湖の湖畔に広がる岡谷市は大正・昭和と活躍した童画家武井武雄の生地です。その業績を記念して、岡谷の駅近くに「イルフ童画館」が生まれたのが1998年。昨夏には、一周年記念展として、絵雑誌の「子供之友」原画展が開かれ、初公開の作品も展示、世の武井ファンを喜ばせました。武井は幼い頃から絵が好きで、東京美術学校(現、東京芸大)に入学、油絵を学びました。けれど、卒業後に彼が目指したのは、童画家への道。当時、子ども向けの絵雑誌「子供之友」」(婦人之友社・羽仁もと子創刊)は、大正デモクラシーの息吹を受けて生まれた、近代的な子ども観と教育思想を持つ先進的な存在でした。武井は、自らの絵を携えて編集部の門を直接叩いたといいますから、想いの強さが伺われます。まだまだ、本絵と呼ばれる日本画や油絵に比べて、子どもの本のイラストレーションが、数段劣るものと考えられていた時代のことです。武井の絵は、デフォルメの効いた独特の線にしっとりと落ち着いた色調が特徴ですが何といってもその群を抜いたユーモアとナンセンスの感覚が、武井武雄の個性そのものです。『あるき太郎』は昭和2年に作られた 絵童話ですが、今に通じるナンセンス・テール。例えばそこに登場する飛行機は、二本の棒が回転式の車で接続され、先頭から油揚げ、ねずみ、猫、犬がぶらさがっていて、最後に操縦士のバスケットがぶらさがっているという代物。こんなもので空が飛べようはずもないのですが、発想が奇抜で、その図はなんとも珍妙で愉快。遊び心に満ちています。武井は、自らをラムラム王(RRR)と称し活躍。洒脱なセンスを、絵とストーリーの両面で余すところなく伝え、夢と楽しみに満ちた子どもの国の王さまとして、大人にも愛されました。
 さて、「イルフ童画館」の「イルフ」とは、「ふるい(古い)」の逆。つまり、新しいということ。日本中の郷土玩具を収集、研究をして、子どものために新しい玩具つくりに取り組み、その創作玩具の発表の折に、「イルフ・トイス(新しい玩具)」と命名しました。そう、武井は造語の名人でもあり、かの「童画」なる言葉も、実は武井のもの。長じて、子どもの本はもとより、日本を代表する版画家として、また、「刊本作品」と称する宝石のように美しい工芸的なミニチュア本つくりに取り組み、作者として画家として、また装丁家、造本家として一人で何役もこなし大活躍。今日に多くの夢を残して、1983年に89歳の天寿を全うしました。そう、子どもの国のラムラム王様は、大人にも子どもにも、夢の国のレオナルド・ダ・ビンチでもありました。(竹迫祐子)
テキストファイル化富田真珠子